23.太陽のかみさまとめがみさま
逆らってはいけない存在に噛みついたことが功を奏したのだろうか。
はいつものように訪れたホーリーロード会場フィフスセクター専用入口の前に立ちはだかっていた虎丸に入場禁止を言い渡され、非難の声を上げていた。
確かに来いとは随分前の試合の時から言われていなかったが、聖帝の愛人たるもの常に傍に侍っていてやった方が華があるだろうと思い気を利かせていてやって、そして追い返されもしなかったのだ。
ようやくVIP席での観戦にも慣れてきたというのに、突然地上に落とされるなど面白くないし腹が立つ。
はとにかく駄目なんですの一点張りの虎丸に詰め寄ると、なんでようと言い募った。
「虎丸くんだってむっさい無口の馬鹿と一緒にいるよりも、私みたいな美人と見てた方がテンション上がるでしょ」
「とにかく今日は駄目なんです! 今日は聖帝が絶対にさんは入れるなって命令してるんです」
「だからそれがなんでって訊いてんの。はっ、まさかあの色ボケ私というものがありながら他の可愛い子侍らせてんの!? はあマジありえない、あれが私と夕香ちゃん以外の女の子を可愛いって思うわけないじゃん!」
「あのさん、忘れてないと思いますけど、そのさん以外の女性はみんな以下同上みたいな色眼鏡かけてるあの人を振ったのはさんですよ?」
「振ったっけ?」
「・・・いや、もういいです・・・。・・・俺もフィフスセクターの人間だからあんまり大きな声で言えないしほんとは口に出すことすらしちゃいけないんですけど」
はあと大きくため息をついた虎丸が、急に声を潜め顔を伏せる。
往来で内緒話とは大胆なのか繊細なのかわからないが、虎丸はまだ社会人経験が浅くコンプライアンス研修などもろくに受けていないのだろう。
はいつの間にやら自身よりもぐんと背が伸びた虎丸の伏せられた顔を見上げると、なぁにと答え続きを促した。
「・・・さんは千宮路って男を知ってますか?」
「お寺なの、お宮なの?」
「知らないんですね。できれば知らないままでいて下さい。そして、もしも知ってしまったらすぐに俺か聖帝に言って下さい、絶対に」
「会う人会う人から名刺もらったりしないしなあ」
「外跳ねして色黒のピンクの髪の男性です。白スーツをよく着てますね」
「染岡くん「じゃないですよ」はい。えー、てかその人なんなの? やばい人?」
「誰が何であるのかはいいんです。約束して下さい、絶対に、彼に会ったら聖帝に言うと。接触を図られてきてもです、逃げてから連絡して下さい」
何度も何度も子どもに言い聞かせるように念を押す虎丸の表情が少しだけ怖くて、真剣さに流されわかったわかったと相槌を打つ。
いちいち連絡するのは面倒だが、しなければまずい要注意人物ということかもしれない。
あれやこれやと制限ばかりされる世の中だ、生きにくい。
は虎丸の熱意に折れたふりをしてフィフスセクター専用口から遠ざかると、のろのろとすぐ近くのゲートを潜った。
今からスタンドに向かっても空いている席などあるはずもない。
仕方がない、いつぞやのようにパイプ椅子を置いてそこから観戦するか。
用具室から拝借したパイプ椅子を選手入場口にどんと置き腰を下ろしたは、すぐ横を通り過ぎた雷門中の準決勝での対戦相手となる新雲学園の11のユニホームを身に着けた少年に向かってうっそマジでと驚きの声を上げた。
出さない方がいい、出さなければ得られないものがあると不毛な押し問答を続けていたが、やはり彼は出場してしまったか。
は流砂でボールや足が取られ雷門イレブンが軒並み苦戦する中それら不利なフィールド条件を意に介さず単身華麗なプレイで雷門ゴールまで切り込んだ雨宮を見つめ、複雑な表情を浮かべた。
雨宮の他のプレイヤーとは一線を画したずば抜けたプレイを見るのは非常にわくわくするが、あまりにも活き活きとしている彼を見続けていることに不安も感じる。
激しい運動をすれば人の顔は自ずと紅潮するものだが、雨宮の顔色は動けば動くほど悪くなる。
彼が出した化身の太陽神アポロからは神の名にふさわしい眩いばかりの神々しさを感じるが、アポロを操る雨宮の顔色は雲に隠された太陽のようだ。
あれでは長くは保たないし、無理をすれば本当にサッカーができなくなる。
イシドたちも医療チームなど万全の態勢は整えているのだろうが、一度念願のホーリーロードに出場した雨宮が自らの意思で夢の舞台に背を向けるとは考えられない。
きっとこちらがどんなにしつこくやめろと言っても、雨宮は嫌だとしか言わない。
たとえ体が言うことを聞かなくなる時が来ても、雨宮は決してフィールドから去らない。
戦場に背を向ける戦士などいないのだ。
は雷門イレブンDF陣3人のディフェンスをあっさりと突破し放たれた必殺技サンシャインフォースを見届けると、もう無理よと呟いた。
2回も化身を出し、うち一度はド派手な必殺技まで繰り出した雨宮の息は遠く離れたここからでも聞こえるのではないかと思ってしまうほどに荒い。
ベッド生活が長く実戦はおろか長時間の練習すらできていなかった雨宮は、いくら天才でも体がついていかないのだ。
雨宮は悔しいだろうがこれが現実だ。
イシドはまだ彼を出場させるつもりなのだろうか。
はフィールドからフィフスセクターのVIP観覧席を見上げると、イシドが据わっているであろう位置を睨みつけた。
選手交代の機会は何度もあるのに、なぜ雨宮はまだフィールドを走っているのか理解できない。
多少息が上がっていても雨宮の他を圧倒する力は健在だが、無理をしてもいいことは何もない。
それに、体力低下著しい雨宮の力にばかり頼っていて勝ち逃げられるほど雷門のゲームメーカーや監督の目は節穴ではない。
直接見てはいないが、剣城から聞いた話によれば雷門の新GKは化身を出せるようになったという。
ようやくゴッドハンドが見られるのかもしれないと思うと今からわくわくする。
はやや後退した雨宮に代わり前線へ飛び出し化身シュートを放つ新雲学園の10番の背中を見つめた。
新雲学園は個人技、戦術面双方に優れた非常に完成度の高いチームだ。
フィフスセクターが敷いたレールに乗り準決勝まで駒を進めたとはいえ、彼らの力は本物で間違いなく日本の中学サッカー界ではトップクラスだ。
しかし、だからこそ逆境としか戦ってこなかった雷門イレブンはより強くなれる。
練習でももちろん神童たちは成長したが、彼らが最も伸びるのは試合だ。
練習でぼんやりと化身らしきものを出すことができたのであれば、今は本番だから出せるに決まっている。
約10年ぶりにマジン・ザ・ハンドを視界に収めたは、フェイントを絡めた素早いカウンター攻撃で新雲学園のゴールに待望の得点を叩き込んだ神童に拍手を送った。
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