24.壊れかけのフラグの直し方










 思わず馬鹿と小さく罵ったのは、聖帝イシドシュウジとしては失敗だったかもしれない。
見えそうで見えなくて、けれども目を凝らせば見たい者には見つけることができる場所にが陣取っていた時から不安は感じていた。
試合当日の、しかも開始直前にフィフスセクタールームへの入室を拒んだからスタンドで観戦しようにも席がなかったのだろう。
迂闊だった。
ホーリーロードの主催者は座席のいくらかくらいすぐに用意できたのに、それを渡さずに追い返してしまったことがまずかった。
虎丸もを遠ざけることに一生懸命で、彼女がこれから先何をするのかなど考えもつかなかったのだろう。
虎丸に非はない。
付き合いの浅い虎丸の思考の範囲内の動きをするほどは易しい人間ではない。
頼む、これ以上フィールドに近付くな。
イシドの願いが届くことはなく、がフィールドに仰向けに倒れたまま動かない雨宮に歩み寄る。
千宮路の驚嘆の声に、イシドは冷静を装い何かと尋ねた。





「雨宮くんの傍の女性、彼女に見覚えはありませんか?」
「さあ・・・、ここからではなんとも」
「カメラを近付けましょう。・・・ほう・・・、これはどういうことですかな、イシドさん」
「どういうこと、とは?」
「彼女を知らないとは言わせません。彼女については任せろとのことでしたので任せていましたが、これだけ近くにいるのであればこちらでその力を発揮させることも容易でしょう」





 千宮路の視線が巨大モニターに映し出されたから動かない。
雨宮と何を話しているのかまではわからないが、呆れ困り笑っているの横顔も綺麗だ。
いつかは知れると覚悟していたが、やはり見つけられてしまったことが悔しくてたまらない。
女神の名にふさわしい綺麗な方ですねと大した感情を込めず言われ、こちらもそうですねと無表情で返す。
は綺麗だ。
見た目はもちろんだが、中身もしっちゃかめっちゃかだがどれも白い。
が白く在り続けたのは、彼女の傍にいた人々がを守り続けてきたからだ。
フィディオを初めとしたオルフェウスイレブンや鬼道たちが幾重にも張り巡らせた見えない守護の中からを強引に引きずり出し、彼女をまるきりの外へ連れ出したのはこちらだ。
日本にも円堂や吹雪、追ってきた鬼道はいたがこちらではを守るものはない。
守ろうとする者をことごとく遠ざけたからだ。
誰の守りもない丸裸のをフィフスセクターへ連れ剣城の面倒を見させ、監視役の黒木を特有の性格でKOさせたことによってがいつもどおりでいられるように手を回した。
敵陣に単身置き去りにされたの前に立ちはだかる最強の敵は自分だ。
敵だからを傷つける。
しかし、自分と一騎打ちをしている間は何人たりとも2人の間には割り込ませない。
たとえそれが自らを聖帝の地位に押し上げた強力なバックスポンサー千宮路であったとしても、いや、彼だからこそには触れさせない。
に剣を突き出すのは、の背後に忍び寄りあわよくば羽交い絞めにしようとする同志を突き刺すためだ。
そうすることでしかを守れないことはもどかしかったが、どんな手段を使ってでも、水際でいいからを死守したかった。





「イシドさん、あなたもわかっているはずです。潜在能力を持つセカンドステージチルドレンの才能を開花させるのは、常識に捉われない頭脳を持つ奇才の力が必要だと」
「・・・・・・」





 千宮路はきっとこの後と接触を図ろうとするのだろう。
こちらから会うな係わるなと言った以上、まんまと出し抜かれ攫われるわけにはいかない。
使いたくなかったが、この手段を取らざるを得なくなったようだ。
剣城にとの関係を伝えておいて良かった。
剣城は自覚していなかったようだが、彼は紛れもなくに懸想している。
10年前の自分も同じ目をしてを見つめていたのかと思うと、叶うことのなかった恋を思い出し少しだけ寂しくなる。
剣城の恋も叶うことはない。
いや、彼はきっとへの感情が恋だと気付くことすらないだろう。
サッカーボールばかり蹴っているからそれ以外にはとんと鈍感になるのだ。
人のことを言えた口ではないが。
本当に怖い幼なじみだ、世界中のサッカープレイヤーは皆彼女の虜だ。





(次は絶対に、絶対に手を離さない、振り払われても)





 イシドは心中で呟くと、雨宮ではなく地面に昏倒したきり動かず、担架で運ばれていく神童を呆然とした顔で見送っているをモニター越しに見つめた。







































 神童の体調が悪くなったのは、今日の試合だけが原因ではないと思う。
MFという特性上、神童はよく走る。
よく走り敵味方の動きを読み神のタクトと呼ばれる正確なゲームメークを展開し試合を勝利に導く神童の肉体及び精神的負担は、おそらくは本人も気付いていなかったのだろうが相当重い。
神童はとてつもなく責任感の強いキャプテンだった。
だから、ずっと体に蓄積されていた疲れや痛みを外に出すこともせずに今日まで戦い続けてきたのだと思う。
は病院から帰ってきた剣城から神童の容体を聞くと、そうと答え頬杖をついた。
選手が表に出さない異変を察知することも監督の大事な役目だ。
鬼道は決して鈍感な監督ではないが、鬼道の慧眼以上に神童が忍耐強かったということかもしれない。
手術を終えギプスで固定された神童は決勝戦には出場できないらしい。
出なくていい、無理に出ても一生サッカーができなくなるだけだ。
サッカー部は混乱していますと報告する剣城に、はそうでしょうねえと相槌を打った。





「神童くんいないってことは代理でキャプテン立てなくちゃだし、フォーメーションだって組み直さなくちゃいけないもん。今までの雷門って結局は神童くんのゲームメー頼りだったから決勝はすっごく大変そう」
「他人事みたいですね」
「他人事じゃん、だって私雷門中サッカー部員じゃないし」
「・・・・・・聖帝の、豪炎寺修也の幼なじみだし、ですか?」
「・・・わぁお、それどこ情報?」





 本人から聞きましたと正直に答えると、うっそだあとが笑いながら席を立つ。
この人、逃げるつもりだ。
剣城は笑ったまま自室へ引き籠もろうとするを呼び止めると、本当ですと言い募った。
豪炎寺の幼なじみという事実は、逃げ出したくなるほどに嫌なことなのか。
嫌なのにあなたはずっと、10年前に贈られた物を大切に持ち歩いていたのか。
嫌なわけがない。
本当に嫌ならば自分の元からいつでも立ち去れるように豪炎寺は常に出口を開け放っていた。
開かれた扉から出ていなかったのは、が彼の元を離れようとしなかったからだ。
呼び止めてもひらひらと手を振るだけで歩みを止めないに業を煮やし、顔の横で振られていたの手首をつかむ。
思っていたよりも細い手首は、中学生でまだ子どもの自分の指の端があっさりと届いてしまう。
待って下さい。
手首をつかんだまま再度告げた剣城に、背中を向けたままのが嫌だって言ったらと尋ねる。
どこまで自分勝手で天邪鬼な人なんだ。
いや、自分勝手なのはこちらも同じか。
剣城は大きく深呼吸すると、嫌とは言わせませんと答えの体を強引に反転させた。





さんに訊きたいことや確かめたいこと、教えてもらいたいことが山ほどあります」
「ふぅん」
「はぐらかせません。さんが嫌だって言っても離すつもりはありません。・・・今だけでいいんです。今だけでいいから、あの人に似た俺ではなくて俺を、剣城京介を見て、俺と話をして下さい」





 剣城が何を言おうとしているのかわからないふりができるほど大人ではない。
気付かれていたということは、彼を傷つけてしまっていたということだ。
似ていると口にしたことは何度かあったが、まさか『誰に』似ているのか知られてしまうとは思わなかった。
剣城はいつイシドが自分の尊敬するサッカー選手豪炎寺修也だと気付いたのだろうか。
豪炎寺から正体を明かしたとは考えにくい。
は困ったように首を傾げると、わかったわかったと降参の意を込めつかまれていない方の手を顔の横に上げた。





「何を話せばいいの? 京介くんは何を知りたい?」
「まず、あなたが誰なのか教えて下さい」
「京介くんはまーだ私のこと知らないの? 私結構有名人よ、イタリアじゃ」
「イタリア?」
「そ、そこが私のホームグラウンド。イタリア代表オルフェウスに帯同するコーチやったり、下部リーグの弱小クラブの雇われ監督やってる指導者の端くれです」
「オルフェウスって、あの白い流星フィディオ・アルデナがいるオルフェウスですか」
「そうそう! なぁんだ京介くん知ってんじゃん。あっ、フィーくんは私の幼なじみなんだけどねー」
さんは豪炎寺さんの幼なじみでしょう、話がおかしいです」
「おかしかないわよ、あれは日本での腐れ縁なんだから。京介くんがだぁい好きな私の日本の幼なじみはねー、ある日突然幸せの絶頂にいた私をイタリアから連れ去って不幸のどん底に叩き落とした極悪非道の鬼畜よー」





 監視役はつくしちっとも可愛くないガキんちょの子守はさせられるし勝手に愛人にはさせられるし、京介くんが不良から足洗うまではいいことなぁんにもなかったわ。
テンションがどん底だった当時を思い出したが、油断していた剣城の手を振り払いソファに寝転がる。
可愛くないガキんちょと思われていたのはショックだったが、フィフスセクターにいた頃の自分は自分で思っても可愛くなかったのでが疎ましく思うのも当然だろう。
今はそれなりに可愛いと思ってくれているらしい事実に安堵すると、剣城はソファの足に背を預け座り込んだ。




「京介くんのプレイスタイル見てたらすぐにわかったよ、京介くんはあれに憧れてるって。ゴールへの嗅覚の良さはさすがFWって感じだし、この人がシュートすれば入るって思う安心感もすごいもん」
「それは雨宮よりもですか?」
「雨宮くん? 雨宮くんと比べちゃ駄目よう、タイプが違うじゃん。なぁに京介くんもしかして昨日妬いてたの?」
「はい」
「ふぅん、そうだったんだー」





 どんなに熱く語っても、は一定以上の興味を示さない。
やはりにとって剣城京介とは豪炎寺の後を追いかけ続けるただの真似したがりにすぎないのだろうか。
豪炎寺はそれがを動かす強みだと言ったが、たとえそれが憧れの人のものであっても他人の影を利用したくない。
剣城京介は剣城京介なのだ。
剣城は豪炎寺から託されたお守り代わりのネックレスとポケットの中できつく握り締めた。
豪炎寺とにとって2人を繋ぐ大切なものだとわかっているが、壊れてしまえばいいと思った。
壊してしまいたかった。
剣城はネックレスを握り締めたまま口を開いた。





「豪炎寺さんと話をしました。さんと松風が引ったくり犯に襲われた後です」
「ああ、あの時」
「俺が強くなるためにはさんの力が必要だそうです。・・・豪炎寺さんは、自分に似た俺ならさんの力を借りることができると言いました。俺を強くしてくれますか?」
「えー今更ぁー? 私今までもちょこちょこ京介くん鍛えてきたつもりなんだけどなー」
「わかっています、それにはもちろん感謝しています。でもそうじゃないんです。・・・さんは、もしも俺が俺じゃなくて豪炎寺さんだったらもっときつい練習を課しませんでしたか?」
「・・・・・・」
「俺が豪炎寺さんだったら、豪炎寺さんにしかできない「京介くん、もういいよ」・・・俺が俺だからさんは「京介くん」





 幼稚な嫉妬だとわかっている。
2人は大人でこちらは子どもだから幼稚なのは当たり前だが、みっともないと思う。
どんなに足掻いてもは豪炎寺の幼なじみで、決して自分の幼なじみやそれに近い存在になることはない。
わかっている。すべてわかっている。
わかっているのに独りよがりの嫉妬でを困らせている。
本当に可愛げのないガキんちょだ、が嫌うのも当たり前だ。
悔しい、情けない、最悪だ。
剣城はいつまでもお子様ガキんちょの自分が腹立たしくなり、唇を噛んだ。







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