悲しいと思っていると、土壇場で必ず手を差し伸べてくれる人がいる。
剣城はいつの間にやらぎゅうと抱き締められていた柔らかな温もりに目を見開き、すぐに目を閉じた。





「私って駄目ねぇ、他人に他人を重ねちゃってそれじゃ京介くんがぐれるのも当然。ごめんね京介くん、ずっと変な目で見てて」
「・・・責めてるんじゃないんです。俺はただ、あの人に近付けない自分が情けなくて悔しくて、その癖さんを困らせてることが腹立たしくて」
「近付かなくていいのよあんなのに。京介くんにできてあれにできないことだってもちろんたくさんあるし、全部が全部あれに似たらそれこそ私困る」
「強くなったら、いや、強くならないと大切なものは守れないと思います。俺は強くなりたいです、強くなってさんを今度からフィフスセクターから取り戻します」
「あらあら男前なこと言ってくれちゃって。ふふ、ありがと」
「本気です」
「うん。・・・ありがと京介くん、私京介くんのおかげで自分のこともちょっとわかった気がする。今度の今度こそちゃんとけりつける、もう逃げない」





 たぶん、最後の最後まで自分は剣城を利用してしまうのだろう。
剣城のために彼を利用し、そして今日までのいざこざと未来に起こるであろう厄介事のすべてに終止符を打ちに行くのだ。
いつか終わらせなければならない気がする。
その『いつか』が今日になるだけだ。
は剣城の背をぽんぽんと叩くと、口元だけわずかに緩め目を伏せた。






































 出会った場所はフィフスセクター本部ではなく、豪炎寺への自宅マンションの玄関だった。
これだけで充分だった。
がなぜここにやって来たのか、なぜこのような表情を浮かべているのかも彼女がここに来たことがすべてを物語っていた。
は聖帝イシドシュウジにではなく、今日だけは豪炎寺修也に会いに来たのだ。
どうやら剣城はの説得に成功したらしい。
豪炎寺はを連れ出すと、驚いたよと声をかけた。





「まさかここに来るとは思わなかった」
「・・・・・・私も」
「剣城に言われたのか、強くなりたいと。びっくりしただろう、俺たちのことを知っていたんだから」
「京介くんなぁんにも知らなかったよ、だから教えたげた。京介くん馬鹿よ、こんなダメダメダメンズに憧れてるんだから」
「確かに人を見る目はないようだ。よりにもよってこんな奴に懸想するなんてさすがは俺に憧れただけはある」
「は?」
「なんでもない」





 他人の好意大好きなは、今も昔も他人の好意や恋情に気付かない平和な性格の持ち主のようだ。
剣城は十も年下だから考えもしていないのだろうが、人を好きになるのに年齢制限はない。
剣城も厄介な人を気になってしまったものだ、はもう鬼道のものなのに。
豪炎寺はフィフスセクター本部地下の特訓場へを誘うと、無人のフィールドへ視線を移した。
サッカーボールに触れたのは久々だった。
使命を果たすまではボールには触れないと決めていたから、あの日を守るためにシュートを放ち狙い過たず引ったくり犯にぶつけたことに安心すると同時に寂しくなった。
はおそらく今もフィフスセクターの目的を知らない。
知らなくていいし、も知りたいとは思っていないはずだ。
ただ、千宮路という男にだけは会ってはならないとだけ認識してくれていればそれでいい。
もっとも、今日からはこちらが身柄を引き受けるから外部との接触はほとんどなくなると考えている。
を閉じ込めることだけはしたくなかったが、自由を得るために自由を制限するのは仕方がない。
に真意をわかってもらえずともいいから、ひたすら嫌われ抜かれるまでを守り通せばいい。
ここが最後の砦なのだ。
豪炎寺は無人のゴールに向かってファイアトルネードを放った。
ボールがゴールに突き刺さった直後に漏れるのはぁというため息が空気を震わせる。
今、は何を思っているのだろう。
本当の剣城のためだけにここへ来たのだろうか。
嫌われてもいいと覚悟していながらいまだにぐずぐずとの心中を推し量りかねている自身が不甲斐なくて、豪炎寺は小さく自嘲の笑みを浮かべた。





「お兄ちゃん、お待たせ連れて来たよ」
「ありがとう夕香」
「あれ・・・、お姉ちゃん・・・?」
「うん。こんばんは夕香ちゃん、元気してた?」
「うん、うん! ほんとのほんとにお姉ちゃんだよねっ、・・・どうしてお兄ちゃんと一緒にいるの・・・?」
「夕香、お兄ちゃんたちこれからやることあるんだ」
「あっ、うん・・・。お姉ちゃん今度家に遊びに来てね、向こうのお話たくさん聞かせてね、約束だからね!」
「うん、またね夕香ちゃん」






 夕香に連れて来られた剣城が豪炎寺とを交互に見つめ、ばつが悪そうに俯く。
剣城が負い目を感じることは何もない。
は剣城に歩み寄るとにこりと笑ってみせた。





「大丈夫って、苛められたら私がびしっと仕返ししたげるから!」
「・・・本当に良かったんですかさん」
「今更何言ってんの、強くなって私を守るって言ったの京介くんでしょ? さっさと強くならないと決勝なんてすぐそこよ」
「でも・・・」
「私はサッカーできないから見てるだけだけど、ここにいる間は京介くんだけ見てるから。見てるよー、ほうら見てるよー」





 言葉の通り見ているだけに徹するつもりらしく、そそくさとフィールドから遠のいたがベンチからひらひらと手を振る。
は直接何かをしてくれるわけではなくむしろ彼女がここにいる理由を見出せないままだが、見ているよと言ってくれただけでもやる気が湧いてくるのだから不思議だ。
今ここには自分しかいない。
豪炎寺はいるが、はこちらしか見るつもりはないと言う。
に見守られているのは緊張しなぜだか体も熱くなるが、これだけ熱ければファイアトルネードも習得できそうな気になってくる。
豪炎寺さん、俺はあなたを越えてみせる。
剣城は高く飛び上がると、豪炎寺のファイアトルネードを頭で思い描きながらシュートを放った。






歩み寄ったのは、別れを告げるため






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