25.めがみさまと黒幕?










 毎日毎日部活が終わってからも場所を変えてサッカーボールを蹴り続け、飽きはしないのかと不思議に思う。
練習をするよう促したのはこちらだが、まさか本気にするとは思わなかった。
それだけ、剣城にとってファイアトルネードとは大変で大切な思い入れのある必殺技なのだろう。
イシド、いや、豪炎寺と2人で剣城に教えていた時に、彼がいかに豪炎寺を慕っているのかはよくわかった。
結局剣城はファイアトルネードを完成させることはできなかったが、それでいいと思う。
何もかも豪炎寺に似せたら、今度こそ自分が剣城を剣城として見れなくなる気がする。
豪炎寺と剣城は違う。
違う以上、幼なじみと同じものを求めてはいけない。
本当に違うのだから、昔はあれだけ親身になって発破をかけてやっていたのに剣城の練習ではただ見ているだけだった。
剣城は拍子抜けしたかもしれない。
てっきりこちらから教わると思っていたのに、同居人のお姉さんはただのギャラリーに過ぎなかったのだから。
しかも、そのお姉さんはギャラリーと化した日から同居人ではなくなったのだから。
は今、剣城とではなく豪炎寺家に身を寄せていた。
どんな顔をして居候すればいいのか未だにわからず、毎日百面相している気がする。





「京介くーん、松風くーん、そろそろお開きにしよっかー」





 聖帝が練習に付き合ってやることは当然できないので、松風も加えた河川敷でのファイアトルネードダブルドライブとやらの特訓は1人で見てやっている。
ダブルドライブなど知らないので、今度こそアドバイスできることがほとんどない。
ともすれば時間を忘れ練習を続けてしまいかねないサッカーバカ2人のタイムキーパーとして、適度なところで声をかけるのが監督の主な仕事だ。
監督やコーチは様々な場所で経験してきたが、今回ほど楽をしていた時はないと思う。
こんなんやってて向こうに戻った時鈍ってないといいけどなー。
ぱたぱたと片付けをする剣城の隣でぼやくと、大丈夫ですよと剣城が返す。
剣城は先日のカミングアウトからまた変わった。
少しだけ男前になって、そして少しだけ甘え上手になった。
それがいいことなのかどうかはまだわからないが、人に心を開くのは珍しいと彼の兄は嬉しそうに言っていたので悪いことではないのだろう。
こちらもこちらで懐かれて嫌な気分にはならない。





「もしもさんの居場所が向こうでなくなっていたら、その時は雷門でコーチをして下さい」
「えー円堂くんとタッグ組むのー? 合わない合わない」
「意外と合ってましたよ、安心して下さい」
「でも私のホームは向こうだし、また下積みからみんなと一緒に戦えばそのうち勘も戻るよ」
「・・・じゃあ俺がイタリアに行きます、そしてさんに会いに行きます」
「そだね、それがいい。京介くんには特別居候させたげる。イタリアいいよー、食べ物美味しいしイケメンばっかりだし、女の子もみーんなみんな超可愛くてね!」





 京介くんもイケメンだからモテモテになるよと言って笑いかければ、剣城がぷいとそっぽを向く。
照れたのだろうが、可愛い。
は剣城の頬をちょんとつつくと、イッケメーンとはやし立てた。





「照れてる京介くんはかっわいー」
「嬉しくないですから」




 難しい年頃だ、褒め言葉を素直に受け取らないとは贅沢だ。
世の中には可愛いともイケメンとも言われないどころか関心すらろくに持ってもらえないフツメンもいるというのに、剣城はフツメンの敵になるつもりか。
怒ったフツメンは怖いぞ、普段関心を寄せないから何をしでかすのか予測がつかずドキドキが3倍だ。





さん、試合前日まで来てくれますか?」
「うん、もち。完成はちょーっと厳しそうだけどコツさえつかんどきゃ本番のノリでいけそうだから、コツつかむとこまではいきたいね」
「はい!」




 元気な返事だ。
ファイアトルネードダブルドライブは完成していないが、彼らは厳しい特訓の中でもサッカーを楽しんでいる。
楽しくできればそれが一番いい。
たとえ勝利を収めても、楽しくなくてやりがいも感じないのであれば初めからやらない方がいい。
それぞれ帰路に就く2人を見送り、自身も豪炎寺家に帰るべく踵を返す。
誰かいる。
ゆっくりと河川敷のサッカーグラウンドへ歩み寄りフィールドへと足を踏み入れた影を認識したは、思わずげっと呟いた。





「こんばんは」
「こんばんは」
「ずっと練習を見ていました。どうやらあなたは、とても優れた指導者のようだ」
「ほんとに見てたんですかー? 私、ここに座ってちびっこ見てただけですよー?」
「見るということは誰もができるようで実はそうではない。どうでしょう、私もあなたに見ていただきたいものがあるのですが」
「鑑定士じゃないんで、お宝はそういうテレビ番組で見せて下さいな」
「フィールドの女神、。あなたに見ていただきたいのです」
「・・・お宅、もしかして千なんとかさん?」
「千宮路と言います。やっと会えましたね」





 やはりそうだった。
河川敷のぼんやりとした電灯に浮かび上がる白いスーツとピンクの髪の男が近付いてきたのを見た時から、嫌な予感はしていた。
相手があまりにも近すぎて、上に彼のものであろう車が停めてあったのも見えたので逃げようにも逃げられなかった。
やられた。
夜道を1人で歩くなと昔から散々言われてきたが、道に出る前に不審者に出くわしてしまった。
はじりりと千宮路から後退すると、無理よと言い放った。





「お宅が何だか知らないけど、私はあんたには係わらないって決めてんの」
「イシドさんに言われましたか? 周到な方だ、だが詰めが甘い」
「愛人のこと悪く言うのやめてくれる?」
「愛人? ああ、彼はそうやってあなたを匿っていたのですか」
「は、匿う? 何言ってんの、あいつは私を有人さんやフィーくんから引き離した悪の権化でしょ」
「あなたはどうやら何もわかっていなかったようだ。しかしだからこそ都合がいい。利用されてしか存在を確立できない者は、最後まで利用されるべきだ」
「はあ? ちょっとあんた何言って「愛人でいいのならそうしましょう。私も、あなたのように若くて美しい人が愛人なら願ってもないことです」





 ふざけたこと言うのやめて、来ないで、助けて有人さん、助けて、修也!
騎士がいるからもう必要ないと思っていたがそれは甘ったれた考えで、今もアイアンロッドを持っておくべきだった。
横付けされた車が走り去り、河川敷に静寂と闇が訪れた。







目次に戻る