最後まで見てくれると約束したのに、は嘘つきだ。
総仕上げをしようと思っていた試合前日、は河川敷に姿を現さなかった。
がいなくても練習はできるが来てくれると思い意気込んでいたし、来たら言いたいことがあったから少しショックだった。
は喜怒哀楽の激しい気まぐれ屋だが、サッカーに関しては来ると言ったものにはどんなものであれ必ずやって来る。
豪炎寺が中学生で幼なじみとしてを独占していた頃からなんだかんだサッカーに付き合ってもらっていたというから、のサッカー漬け歴は相当長い。
浸かりすぎて抜けなくなったであろうサッカーという名の底なし沼から、今更簡単に抜けられるわけがない。
もしやの身に何かあったのではないだろうか。
ファイアトルネードを教わるようになった日から、は一つ屋根の下に住む綺麗なお姉さんではなくなった。
どこに身を寄せているのかは教えてくれなかったが、フィフスセクターに深く係わってしまった以上の身にも危険が及ぶようになったのかもしれない。
ここぞという時に体が動かない自身の元よりももっと安全なところがあるのなら、悔しいがにはそちらに移ってもらった方がいい。
守りたいと思っても、力が足りなければ守ることができない。
だから力を得るまでは他の誰か、例えば豪炎寺に守ってもらった方がいい。
結局、ネックレス返せないままだったな。
剣城はジャージーのポケットに突っ込んだままのネックレスに触れると、おもむろにポケットから取り出し身に着けた。
大人になっても、イシドの正体を知ってからもが肌身離さず持ち続けてきたお守りだ。
いついかなる時もと共にいたこれには、目には見えない不思議な力が宿っていてもおかしくないと思う。




「今日だけ俺に貸して下さい、さん」




 壊してやりたい、捨ててやりたいと何度も思ったが壊したり捨てずにいて良かった。
女物のネックレスはぐんぐん成長期の自分には華奢すぎて不恰好だが、世間には見てくれでは判断できないものがあると教えてくれたのはだ。
確かに見てくれだけではわからない。
がその最たる証拠だ。
今日はサッカーを変える日だ。
剣城はネックレスをユニフォームの下に入れ込むと、松風たちが待つフィールドへと駆け出した。






































 ストライカーだった監督が考えるフォーメーションは斬新だ。
過程ではなく結果を求める傾向にあるようだが、まさかここまで極端な策を取るとは思わなかった。
お前は人の妻にして世界屈指の戦術家を取り上げて侍らせておきながら、何も学ばなかったようだな。
鬼道は雷門イレブンが繰り出そうとするパスのすべてをカットすべく最前線に人数を集める壁のようなフォーメーションを指揮するイシドを横目で見やり、ふっと小さく笑った。
目的がわかっているから突破口も開きやすいはずなのだが、イシドの薫陶を受けた聖堂山イレブンの力に阻まれ思うようにパスを出すことができない。
パスが出せなければ攻撃することもできず、ゆえに点を奪うことができない。
聖堂山中は前線に選手を多く置いているため、攻め上がるとあっという間にゴールまで間で迫ってくる。
霧野たちディフェンスを舞うように突破し三国守るゴールに単身躍り出た聖堂山中サッカー部キャプテン黒裂が、必殺のバリスタショットを放つ。
中盤から味方との見事な連携であっという間の点を奪った聖堂山中の実力は、これまで雷門が戦ってきたどのチームよりも高い。
これがイシド、いや、豪炎寺が彼の持つサッカーへの情熱のすべてを注ぎ作り上げたチームなのか。
さすがだな。
思わず感嘆の声を漏らした鬼道に、円堂はスッゲーと答え目を輝かせた。





「やっぱスッゲーよ豪炎寺。あいつ全然変わってないんだな、サッカーへの思いが伝わってくる!」
「聖堂山中サッカー部、いいチームだ」
「ああ! 覚えてるか鬼道、フットボールフロンティアインターナショナルの代表選抜戦。俺、あの時初めて豪炎寺と戦ったんだ。
 あの時もスッゲーわくわくして楽しかったけど、お互い監督になってもまたこうやって自分たちが育てたチーム率いて戦えてスッゲー嬉しい」
「俺が帝国から雷門に転向するきっかけを与えたのは豪炎寺だった。正面からではなく背中を見てみろと言われ、それで俺は雷門へ行くことを決めた。豪炎寺は一度でいいからお前を正面から見たかったのかもしれない」
「そうかな?」
「お前は友であると同時にライバルだからな」
「そっか! でも鬼道は豪炎寺と戦いたいんじゃないだろ? ここにはいない、まだ見えてないだけなのかもしれないけど、面倒事が起こった時になぜだかいつもど真ん中にいた、守ってやる必要ないくらい強いけど守りたくなるあの、女神とさ」




 聖堂山はあいつのチームで、そこにの色はない。
けど、じゃあはどうしてフィフスセクターに置かれてるんだろ。
まさかお前の夢を叶えるため?
そう言って朗らかに笑う円堂に冗談はやめろと反論した鬼道は、ふと胸中を駆け巡った不吉な予感にと愛しい女性の名を呼んだ。











































 悪夢だと思いたい。
今も夢の中で、目が覚めれば豪炎寺家の見慣れた天井が視界に入っていてほしい。
果たして夢はこうも長く見るものだったろうか。
神様は同業者には厳しい。
は、夢の中ではついぞ一睡もできなかった冴えきった目で宛がわれた小部屋に設置されたモニターから試合を観ていた。
なぜ自分がここにいるのか意味がわからない。
イシドに連れ去られた理由も未だに判明していないのに、拉致相手の元から更に拉致された今がわかるわけがない。
千宮路は相当な野心家だった。
彼も彼なりにサッカーを愛しているのだろうが、自身の信じる愛しか大概は決して認めようとしない排他的なサッカー愛好者だった。
サッカーは管理されていようと自由を約束されていようと、選手や観客が楽しいと思うことができればそれはすべて正解だと思う。
イケメンばかりを追いかけて観戦するのも、ゴールネット裏の座席からGKさながらの臨場感を味わっての観戦もそれぞれ一つの楽しみ方だ。
楽しさは誰かに強制され押しつけられるものではなく、自分で見つけるものだ。
しかし、千宮路は他の考えをすべて排除する。
排除した結果がフィフスセクターに反旗を翻した学校の廃校であり、今回の拉致なのだろう。
何が愛人だ、何が利用価値だ。
結局は使うだけ使ってゴミのように捨てるのだから、余計なことをせずに処分場へ直行させてほしかった。
愛する人以外を喜ばせるために美しく生まれ育ったのではない。
腹立たしい、やっぱり逃げ出そう。
はのろりと立ち上がると、ドアノブに手をかけた。
どうせ今日は決勝戦だ、どうせこれが終わればすべてが終わるのだから今日は雷門ベンチに飛び込んでもいいだろう。
外へ出ようとドアノブを回した直後、床が突き上げられるような衝撃を受け悲鳴を上げしゃがみ込む。
立ち上がることができない大きな揺れに恐怖を覚え、悪夢の度合いがさらに上がる。
最悪だ、いいことが何もない。
揺れが収まり怖いとようやく呟いたは、恐怖のピークを見計らうように外から開かれた扉をばっと見上げた。





「こんなとこで来てくれるなんてさっすが有「千宮路様がお呼びです」・・・は?」
「手荒な真似はしたくありません。大人しくこちらへ」
「やぁよ」
「こちらへ」
「あんたら昨日からほんと何なの、勝手に人の人生ぶっ壊してほんとに何したいわけ。今更私なんていらないでしょ、イシドさんのチームはすっごくいいチームなんだから」
「イシドシュウジは監督を解任されましたよ、さん」
「・・・は?」





 音もなく現れた千宮路が有無を言わさず手をつかみ強引に立たせ、引きずるように部屋から連れ出す。
ご覧なさい、これが私自身が育てたチームドラゴンリンクだ。
千宮路が指示した先に控える集団へ嫌々視線を移したが、何これを呟く。
イシドが解任され、聖堂山イレブンがごっそりすげ替えられている。
皆好戦的な目をしたドラゴンリンクとやらからは凄まじい力を感じる。
もしかしなくても全員が化身使える?
確信めいた問いに、千宮路が鷹揚に頷く。
ああ、これが千宮路の野心を叶えるための剣か。
はくるりとドラゴンリンクや千宮路に背を向けると、千宮路の手を乱暴に振り解き出口と思しき光へと歩き始めた。





「強そうなチームじゃない。この子たちいるなら私なんかいらないでしょ」
「私はあなたを買っているのですよ。もっと彼らを強くしなさい」
「無理よ」
「弱小チームすら優勝に導く手腕を持ったミネルバにとっては、既に完成した最強のチームを更に強化することなど造作もないはずだ」
「造作あるし、そもそもやりたかないっての。さっきまでの子たちはどこにやったの、私はあの子たちにならアドバイスできるけどこの子たちにはできない」
「それは、彼らが非の打ちどころのないチームだと認めたからですか?」
「そう思いたいなら思えばいいんじゃない? うちは伸びしろいっぱい伸びきったチームですって言えば?」
「やれやれ、可愛くない方だ。しかしだからこそ面白い。女神の力を得た私とドラゴンリンクは最強だ!」






 千宮路の叫びを聞き流し、光差す出口へと向かう。
薄暗かった空間が明るくなり、視界が開ける。
ここはどこだ、なぜ向こうに円堂や鬼道がいる。
いったい何が起こっている、私は今何をしている?
突然広がった世界についていけず呆然としていると、横から怒りの籠った低い声が響き渡る。
ああこの声には大いに覚えがある。
いつもこうやって怒られてたけど今日は違うのよ。
いや、昔も私は別に悪いことしてなかったけどほんとに今日は違うの、私は100%被害者だからね!





「イシドさん、よく見ておきなさい。これが女神の使い方だ」
「千宮路・・・・・!」





 やっと見つけた大切な人質は、とうに他人の人質とされていた。
イシドは手元を離れてしまったと、顔面蒼白のの背後で高らかに笑う千宮路を睨みつけ唇を噛んだ。






誰でもいいなんて贅沢言わないから、修也でいいから助けて






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