久々に見たフィールドの女神は、円堂や鬼道の隣ではなく幼なじみの元にいた。
と会うのはゴッドエデンぶりだが、少しの相手にの身には更なる厄介事が降りかかったらしい。
さすがは万人に愛される受け入れ態勢が常に整っているだ、今回も見事に厄介事とそれを引き起こすに至った元凶を取り込んでしまったらしい。
きっとは花粉症にも弱いに違いない。
そろそろフィルターを交換すべきかな、さんは。
自らもまた間接的にとはいえかつてを厄介事に引き込んだ緑川が、千堂山ベンチでなにやら千宮路と相対しているを見下ろし苦笑いを浮かべる。
ドラゴンリンクのことは調査完了が一歩遅れ試合前に円堂たちに伝えることができなかったが、円堂率いる雷門中サッカー部は困難もジャンプ台に変えて飛び越えようとするタフな選手ばかりらしい。




「しっかしちゃんもいい加減学ばねぇかな、不審者とは係わらないって」
は困っている人は放っておけないお世話屋さんだから、たとえ相手が不審者でも流される優しい子なんだよ」
「構ってやってもどうせ張り手飛ばすんだから最初から付き合うなって話。ま、そこがいいとこなんだけど」
「不動、は鬼道の恋人だぞ? 届いただろう、招待状」
「あーあーあーあー聞こえないね、風丸クン現実突きつけないでくれる?」





 風丸はいつも正しいが、正論ばかりでこちらへのダメージが半端ない。
本来は風丸のような生真面目な優等生キャラは苦手なはずなのに、大人になってからはよく行動を共にしている。
こちらがお世辞にも出来がいいとは言えない捻くれ屋だから、風丸のようにぴしゃりと言ってくれる母親的存在が刺激的なのかもしれない。
そう言えば昔はもよく自分のことは棚に上げ叱っていた。
トマトを食べろだの好き嫌いをするなだの風丸や鬼道と仲良くしろだの、もー駄目でしょーあっきーとぶうぶう言っていた。
しつこかったが、次第にそれが楽しくなっていたのは今の風丸への思いと少し似ている気がする。





「誰の女になろうと結局は幼なじみにクンに頼まれれば断れないし傍にいてやるちゃんってさ」
「ああ」
「幼なじみクンのちゃんっつーかまあ幼なじみなら誰でも良かったんだろうけど、こうあってほしいっていう強烈すぎる思いがあいつらで言う化身みたいになって、ちゃんに取り憑いたのかもな」
「・・・・・・」
「ないとは思うけどそう疑えるくらいにはちゃんと幼なじみクンにとってお互いって特別なんだよ。鬼道クンすげぇよ、ほんと」
「・・・俺は、そういう発想ができる不動がすごいと思うよ。が化身かあ・・・、ぴったりだな」
「認めるんだ、風丸クン」
が何だろうとだし。俺にとっては化身じゃなくて可愛いお姫様みたいな女の子で、不動の場合は化身ってだけだろ? 一緒だよ」
「一緒じゃねぇよ」





 不動は厳しいなあ、あはははは。
風丸クンが甘っちょろいんだよ!
不動は朗らかに笑いを見守る風丸に毒づくと、ベンチのに向かって徹底的にやってやれよと叫んだ。






































 千宮路さんが私をここに連れて来たんだから、こっちもそれ相応にやってあげないと失礼でしょ?
そう告げ挑発的に笑うに千宮路が悠然と微笑み、ぜひと返される。
復調どころか更なる発奮の兆しを見せる雷門に気付いていない千宮路は、今も後半開始の時と変わらない余裕ある大人の笑みを浮かべている。
こういう笑い方をしている奴の顔を歪ませるのが一番楽しい。
はベンチから腰を上げると満身創痍になりながらもドラゴンリンクの化身に立ち向かい、跳ね返されてもめげずにボールを蹴り続ける松風をすいと指差した。





「ただの必殺技じゃお宅の息子さんが守るゴールは破れない。化身は出せないけどあんなもんはもういらない。1人で駄目なら2人で、2人でも駄目なら3人でやろうとするのは当たり前」
「何人群れたところで同じだ」
「影山くんはああ見えてものすごく突破力があるFWだから、まずはあの子がディフェンスを蹴散らす。そしてその後、こっそり左右から入り込んでいた京介くんと松風くんが影山くんの必殺技パスを受ける。化身パスとかやってたあちらさんだから、必殺技パスくらい来てもどうってことないでしょ?」
「まさか、そのようなことが・・・」
「散々痛めつけられたし雰囲気にも慣れてきたし、京介くんとしちゃ聖堂山のキャプテンが爆熱ストームやっちゃってたんだから悔しいよねえ。ちゃあんと見ててあげたからね。私楽しみにしてるのよ」





 またファイアトルネード見れるって、ほんとにすごく楽しみなんだから。
がフィールドを向いたまま小さく口元を緩めた直後、同時に地面を蹴った剣城と松風が回転しながら体の周囲に炎を纏わせる。
誰がやってもかっこいいし強いんだけど、やっぱりオリジナルが打つのが一番しっくりくるなあ。
ファイアトルネードダブルドライブと聞きまったくの新しい技だと思っていたが、蓋を開けてみれば呼吸を合わせた2人が同時にファイアトルネードを打つという掛け算必殺技を目にした
がわあと声を上げる。
油断して一度気を抜いた選手は、いきなり調子を元に戻すことはできない。
自らの力が絶対だと思い込んでいる相手だからこそ効果は覿面だし、相手に与える精神的ダメージも大きい。
は千宮路へくるりと振り返ると、当たったでしょと尋ねた。





「これが見たかったんでしょ? 私ってほんと人がいいわよねえ、普通の女の子は拉致監禁した相手にこんなに親切にしたり言うこと聞いたげたりしないのに」
「・・・お前が教えたのだな」
「ええ、ですが決めたのは彼らです」
「他に誰がこんな暑苦しいの教えられるっての」
「やっとわかったよ。あの日、私の前に現れたお前からはサッカーへの熱い思いを感じた。しかしお前はフィフスセクターのために尽くそうとしたのではない。サッカーを取り戻すためにこの革命を仕組んだのだ」
「えっ、何の話? あの日ってどの日か虎丸くん知ってる?」
「ここは静かにしておくべきですよさん!」
「イシドシュウジ、いや、豪炎寺修也。お前は日本代表の座を降りて私のしもべとなった。自らのサッカー界でのすべてをなげうってサッカーに捧げ」
「サッカーは私の恩人なのです。サッカーがなければ今の私はありません。だから私は、どんな手段を使ってもサッカーを取り戻そうと決めた。本当のサッカーで管理サッカーを倒す、それがみんなの目を覚まさせる唯一の手段だと私は信じています。そのためには、どんな犠牲も払う覚悟です」
「管理サッカーには選手たちを厳しく管理する優れた指導者が必要だ。だから私は彼女をフィフスセクターに迎え入れようとした。彼女との関係を利用してこちらに取り込めと命じ、それにはいと答えた日からお前は私のしもべではなくなったということか」





 不意に視線を向けられ、虎丸と2人で息を潜め成り行きを見守っていたがひいと声を上げる。
豪炎寺と2人で2人にしかわからない難しそうな話をしていたはずなのに、なぜ突然こちらが話に加わっていたのか過程が飲み込めない。
また豪炎寺は人生プランに勝手に他人を組み込んだのだろうか。
彼はどうしていつも他人の人生設計にまで携わろうとするのだ。
は思わず虎丸の背に隠れると、何ようと非難の声を上げた。





「私なぁんにも知らないからね!」
「・・・見ての通り、彼女は戦術家としては有能ですが人としてはこの有り様です。彼女の存在はフィフスセクターにとっては決してプラスにはならない。ゆえに私の独断であなたと彼女が接触することを未然に防ぐようにしました」
「要は私という、彼女にとっては邪魔でしかない存在から守っていたのだろう。哀れな男だ、たとえそうしたところでお前はもう二度と以前のような関係には戻れまい」
「構いません。関係が絶たれることで彼女がこの先末永く平穏な生活が送れるというのなら、私は喜んで彼女とのありとあらゆる縁を切ります」
「ちょっと、何勝手なこと言ってんの・・・?」
「出会った時から散々サッカーに付き合わせて振り回したが、今日でもうそれも終わる。終わった方がいい。・・・始まりには必ず終わりがある。私はどうやら、この日のためにすべてを始めたらしい」





 木戸川清修から転校したはずなのに転校先の雷門ではまた出会い、おまけに同じクラスの席近くという脅威の腐れ縁だった。
いい加減もうやだとごねたことも何十回とある。
終わってしまえと思ったことも一度ではないし、つい最近も心の底から嫌だ辛いと思った。
豪炎寺が言う通り、始まりには必ず終わりがある。
終わりと迎えるために始まる。
終わりと告げられた時、真っ先に嘘だと思った。
口に出したかもしれない。
豪炎寺の言う『終わり』には試合終了や戦いの終焉ではなくもっと重い、過去と現在の『終わり』を感じた。
時が止まったような気にさえなったし、現に今は完全に思考が硬直している。
という1人の人間が生まれてから築き上げてきた歴史が『終わり』という言葉でぴしりとひびが入り、裂け目からぽろぽろと崩れているように感じる。
粉々に崩れ始めた後には何も残らない。
人生の思い出は彼とだけではなくもっと多くの人とのものもあるはずなのに、豪炎寺が消えただけで思い出という名のパズルのピースが方々に飛び散る。
何も考えられない。
自分が自分でなくなったように思え、目に映る景色すらモノクロに色褪せて見える。





「・・・ふざけるな。お前が人生を懸けているように私もすべてを懸けている! 言え、見えるのならば言えるだろう! ドラゴンリンクが勝利する術を吐け!」





 雷門に押され続けるドラゴンリンクに焦りを感じた千宮路が、虎丸を押しのけ乱暴にの肩をつかみ揺さぶる。
何も見えない、何も考えられなくなった自分に何が言えるというのだろう。
物言わぬことを拒絶と受け取ったのか、千宮路が肩をつかむ手に力を籠める。
ありとあらゆる意味であちこちが痛かった。





「ふざけているのはそちらでしょう。彼女に、に触るな」




 千宮路との間に割り込み立ちはだかった背中は、いささかチャラついたいでたちをしているが大きくてほっとする。
彼の背中を最後に叩いたのはいつだったろうか。
もう二度と背中のおまじないを強請られることもないのだろうか。
おそらくもうないのだろう。
なぜなら彼はもう、何でもないただの人なのだから。




「・・・も・・・や・・・・・・」





 今日の悪夢はえげつなく、救いがどこにもない。
はすべての終わりと告げる試合終了の笛の音を聞き顔を伏せた。
顔を覆った両手の隙間から、久々に流した涙が零れ落ちた。






背中が遠い 遠ざかってるのは どっち?






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