駆け寄ってきた剣城に、みんなと一緒にいなくていいのと尋ねる。
今はいいんですと返す剣城は出会った頃には想像もしていなかった笑顔で答え、はにっこりと笑い返した。
「俺の、俺たちのファイアトルネードダブルドライブ見ててくれましたか」
「うんもうばっちり。かっこよかったよ京介くん。ふふ、私が京介くんと同じくらいの歳だったら京介くんに一目惚れしてたかも」
「・・・さん、あの」
「ん?」
ごくりと生唾を飲み込んだ後に口を開いた剣城が、くるりと円堂や鬼道たちを見回し困惑した表情を浮かべる。
円堂たちの前では言いにくいことでもあるのだろうか。
は剣城にすいと顔を寄せると、なぁにと言って自身の耳を指差した。
公衆の面前で内緒話をされてプライバシーを守り切れる自信はないが、剣城はここで言いたそうにしているのでシチュエーションを優先してやろうと思う。
どうせ剣城はありがとうとかそこら辺を言いたがっているだけに違いない。
照れ屋な剣城だから、人前で堂々と感謝の言葉を口にするのは恥ずかしいのだろう。
剣城は目の前に現れたの耳をじっと見つめた。
隠し事を言うわけでも後ろめたいことを言うわけでもないので、内緒話にするのとは少し訳が違う気がする。
確かに円堂たちの前では言いにくいが、それは決して言ってはならないことではないと思う。
剣城はややあって大丈夫ですと返すと、今から何を言われるのかてんでわかっていないであろうの目を真っ直ぐ見つめ口を開いた。
「いつからかサッカーの次にさんのことばかり考えるようになりました。ずっと一緒にいてくれたからかもしれません。初めはあんなに鬱陶しかったのに」
「鬱陶しかったんだ」
「はい、正直部屋のポスターの青さには今でも眩暈がします。ファイアトルネードダブルドライブが完成すれば、さんは豪炎寺さんに似た俺ではなくて俺そのものを見てくれるようになると思っていました」
「そんなことないよ、今日はずっと京介くんだったよたぶん。そもそもあれはランスロットみたいなおしゃれなマジン出せないし」
「・・・さんが俺と同じくらいの歳だったらいいと、少しだけ思いました」
「へ?」
「すみません、気持ち悪いこと言って。豪炎寺さんというとても大切な幼なじみ以上の人がいるのにこんなこと言って。でも俺は憧れの豪炎寺さんが憧れてその、愛してた人に俺も憧れています」
「「「「は?」」」」
「え?」
どころか、周囲の円堂たちからも一斉に疑問の声を上げられ思わずたじろぐ。
妙に慌てている円堂と笑いを堪えている豪炎寺。
わなわなと震えている鬼道に、うっそマジでそう見えちゃうと先刻の一世一代の告白などまるで聞こえていない反応を見せている。
どこからどう見ても豪炎寺とは幼なじみ以上の仲だとしか思えないのだが、それにしては円堂と鬼道の様子が気になる。
剣城は不意に鬼道に両肩をつかまれると、本当にそう見えてしまうのかと鬼気迫った表情で尋ねられ反射的に頷いた。
しまった、コマンドを間違えた。
剣城は鬼道の肩をつかむ手に更なる力が込められたことを感じ、あっさりと混乱した。
「剣城、監督命令だ。今すぐさっきの言葉を撤回しろ!」
「えっ、いやでも」
「いいじゃないか別に。そう見えたんなら本当にそうなればいいだけの話だ、なあ」
「何がだ・・・! は、彼女は俺の!」
「京介くん残念外れー。私のダーリンはこっち、有人さんでした!」
「・・・・・・豪炎寺さんじゃなかったら風丸さんかなと思ってたんですが」
「いや、風丸くんはそういうんじゃないから。どうどう有人さんと私ベストカップルじゃない? 私らの手にかかったらどんなチームのゲームメークも即行粉砕なんちゃって!」
ま、向こうじゃ違うチームだし代表戦も日伊分かれてるから一緒にいたことなんてないんだけどさ。
そうあっけらかんと言い鬼道にぴたりと寄り添うを見て、ぼそりと嘘だと呟く。
今の今までと鬼道の相性は最悪だと思っていた。
いつだったか部室かベンチで言い合っていた時の2人はどちらも自分の主張を譲ろうとせず激しい火花を散らしていて、まさか恋人関係にあるとは考えもしなかった。
円堂ではあるまいし、鬼道はもっと淑やかな常識的な女性が好みだと思っていた。
の意見に耳を傾けていたのはたまたま彼女と珍しく意見が一致し、かつの観賞用でしかない色香に中てられたからだと思っていた。
冗談でしょう・・・?
思わず再びそう呟いた剣城に、はマジようと笑顔で答えた。
「私があんなのみたいな女心もなぁんにもわかってない甲斐性なしのサッカーバカの奥さんになりたいって思うわけないじゃん。有人さんもサッカーバカっちゃ馬鹿でだからイタリアリーグ飛び出してこっちに来てるんだけど、有人さんは私に逃げ場所作ってくれたから」
「逃げ場所?」
「そ、シェルターっていうの? 私みたくずっと幼なじみに振り回されて出たくもない表舞台に出ずっぱりの人間は、ふとした拍子に何もかも嫌になって消えてなくなりたくなるわけ。 そんな時にもっと頑張れやればできるって一本調子で発破かけてきたのが京介くんがだぁい好きな方で、何も言わずに黙って背中と時間貸してくれたのが有人さん」
だから私は今でもこれ大事に持ってるんだよ、あんまり使いたくないけど。
そう言ってはポケットから取り出した青いゴーグルに、円堂たちが顔を見合わせ頬を緩める。
子どもの頃にはぴったりだったゴーグルは、大人になった今ではもう入らない。
しかし、これを持っていると弱気になってもいいんだと頭を撫でられている気分になり、誰に遠慮するでもなく思いきり落ち込むことができる。
いつでも強がっていることが決していいことではないと教えてくれたのが、当時中学2年生だった鬼道だった。
鬼道はあの頃から大人だった。
当時は彼が大人すぎて、まだまだ子供だった自分には彼の大人の魅力がわからなかったが。
「いーい、京介くんが誰に憧れようと京介くんの勝手だけど、あそこにいるチャラサッカーバカみたいな鈍感馬鹿にはなっちゃ駄目よう。鈍感は人を簡単に傷つけるからね」
「ああ、さんも鈍感ですし」
「は?」
「ゴーグルがあるならこれはどうしますか? 豪炎寺さんから預かったきり、豪炎寺さんは大事だって言ってたこれなんですけど返した方がいいですか?」
「・・・返してなかったのか、剣城」
「さん欲しいですか」
「そうね、もらっといてあげよっかな」
剣城の首から離れ、久々に手元に戻ってきたネックレスを見下ろす。
一度は豪炎寺との関係や過去もろとも捨てたネックレスが再び返ってきた。
結局離れていてもどうせまた近くのやって来るのだから、腐れ縁もここまで来たらもはや呪いだ。
大切だと思っていたからずっと持っていて、大切だと思っていたからひと思いに捨てた。
おそらく今も大切だと思っているのだと思う。
過去は消せないし、たとえ真っ黒だろうと消してはならない大切な思い出だ。
まったく、豪炎寺は何年経っても不器用な男だ。
だが、彼の不器用な小細工に気付くことなく最後の最後まで小細工に翻弄され、豪炎寺の思惑通り彼を疎んじていたこちらも豪炎寺に負けないくらい馬鹿で、そして純粋だ。
はネックレスとずいと豪炎寺に突き出すと、どうしてほしいと尋ねた。
黙ってネックレスと見下ろしていた豪炎寺が数秒後にふっと小さく笑い、そっとそれを手に取る。
迷う必要などない、答えは1つだけだ。
「これからもこれを俺だと思い持っていてくれ。許可を得たからには延々と振り回すから覚悟しておけ」
「ふぅん? 言っとくけど私はもーう騙されないからね」
あったまいい有人さん味方につけた私は無敵よ、どうよ!
鬼道を味方につけていてこうなったことを忘れたのか、不安な奴だな。
せっかく取り戻した和やかな雰囲気一変、一瞬でじりじりと睨み合う不穏な空気へと様変わりした聖堂山ベンチの邪気に幸せいっぱいの松風たちがぎょっと振り返った。
いらんこと言ったりやったりする奴にはいつでもどこでも鉄拳制裁