28.せかいでいちばんだと信じたい










 知らんぷりをしていたわけではない。
知らんぷりを貫けるほど相手に対して無関心ではなかったし、その証拠に実はこっそり毎試合観戦に行っていた。
レベルの差はあれど、彼女と同じ地位にいる以上は少しでも彼女の知恵を自分のものとしたい。
世界屈指の戦術家の作戦がたかだか日本国内の町内子どもサッカークラブで役に立つとは思えないが、スタイルだけでも真似てみるのは無駄ではないはずだ。
親友である彼女と共に過ごした時間はあまりにも短い。
しかし、一年も付き合わなかったはずの彼女は10年経って互いの環境が変わった今でも親友だ。
顔を合わせず、もちろん正面きって話もしていないのにそれでも親友だと断言できる理由はわからない。
理由をあえてこじつけずともすとんとそう言えることがなによりの理由かもしれない。
ほんとに俺、知らんぷりしてたわけじゃないんだからな。
どうにかしてやりたかったけど、例のごとくお前の回りごちゃごちゃしすぎててどこから手を付ければいいのかわかんなくて、とりあえず見守ってたらいつの間にか終わってただけなんだからな。
いつ詰問されてもきちんと反論できるように本人が来る前にリハーサルを済ませる。
きっとあいつのことだからこちらが反論したところですぐに支離滅裂なことを口にするのだろうが、それでも言いなりになるよりはましだ。
まだかな、そういやあいつ結構時間にルーズな奴だったよな。
もう何度目かもわからない遅々として進まない腕時計に目をやった時、お待たせーと底抜けに明るい声が店内に響き渡り頭上に影ができる。
テレビや雑誌の中の住人、しかも美人が本当に目の前に現れた。
何がお待たせ、やっほーだ。
いつまで人を待たせているのだ、少しは自覚しやがれ。





「時計合ってないんじゃねぇの? またイタリア時制にしてんじゃないだろうな」
「まっさかー。まあ、こっち側の腕時計はフィーくんに合わせてるけど」
「え、なに、サッカー選手って両腕に腕時計するのが流行ってんのか?」
「そうなの? 私は向こうと連絡取る時いちいち時差計算するのが面倒だからそうしてるだけだけど」
「はーわっかんねぇなグローバル人間って」





 中学生の頃から語学力だけは抜群に出来の良かったは、今ではすっかり国際人だ。
今は違うが、きっと向こうでは日本語よりもイタリア語の方を多く口にしているのだろう。
道理で日本語力がまったく向上していないわけだ、大人が使うには恥ずかしすぎる。
は席に就きケーキセットを注文すると、久し振りねぇと声をかけにいと笑った。





「10年まではいかないけど5年は確実に会ってないよね。もうびっくりしちゃった、なんで半田が雷門中特集番組に出てんのって思わず録画しちゃったじゃん」
「インタビューシーンはばっさりカットされてたけど」
「私とか風丸くんみたいなイケメン美女差し置いてなんで半田だったわけ? ディレクター角馬くんだってのにあの人私のこと忘れたのかな」
「お前ら出すとギャラが高くつきすぎるだろ。にしてもどれだけ交流関係広いんだよ」
「は? 角馬くんは雷門っ子でしょ。半田こそ自分とこの学校の子のことくらい覚えたげなさいよ情けない」
「ろくに雷門いなかったのにいちいち覚えてるの方が怖いんだよ」





 ま、角馬くんのおかげで半田のこと思い出してこうやって同窓会できてるんだけど。
そう言ってケーキにフォークを刺したは、見た目こそ大人になったが中身は何も変わっていない。
まるで変わることを拒絶し時を止めているかのような様子には、彼女にもあるはずの未来を思い描くことができず不安になる。
半田はにつられコーヒーに手を伸ばすと、2人で同窓会ってのもないよとぼやいた。





「どうせやるなら円堂とか鬼道とも一緒にやればいいのに、ひょっとしてってそんなにこの親友様が恋しかったか?」
「そうね、すっごく心細かった」
「えっ」
「当たり前じゃん。そもそも私こっちに来たくて来たわけじゃないし、味方がいてほしかったに決まってんじゃん。いーい半田、半田だって私の気分転換には充分役に立ってんのよ」
「嬉しさが半減するようなこと言うなよ、何だよ俺だってって」
「それだけできれば充分でしょ。それともなぁに、半田はもっと別のことして私を満足させてくれんの? ん?」
「やややめろ! その無駄に観賞用な顔近付けんな!」
「あーもしかして照れてるうー? やだぁ半田やーらしー」
「こっこはイタリアじゃねぇんだよ、大和撫子の原産地日本!」





 自分が美人だとわかっている美人ほど厄介な美人はいない。
これが以外の、例えば先日ロケで訪れた女子アナのような美人にされていたらでれでれと鼻の下を伸ばしまくっていた。
は女子アナに負けない華やかさがあるが、所詮はだからそれでデレデレなどしようはずがない。
ドキドキはするが、だからと言ってどうしたいとは思わない。
贅沢な奴だと周囲に罵られそうだが、本当に何とも思わない。
きっともそうだとわかっているからわざと密着するのだろうが。





「ったく、美人に密着されるなんて普通はお金払わないとやってもらえないんだから感謝してよね」
「はいはいありがとうございました」
「む、何ようそのどうでもいい言い方。私がぎゅっとするのなんて今は風丸くんと有人さんくらいしかいないんだから超レアなのに」
「鬼道の目に入ってないことを祈るばかりだよ・・・」





 なぜ鬼道だったのだろうと、実は今でもほんの少しだけのチョイスに疑問を抱いている。
少なくとも中学生の頃はといえば豪炎寺と言っていいほどにと豪炎寺はなんだかんだでベストカップルマジ熟年夫婦だったのに、いつから鬼道になったのだろうと訊いてみたくてたまらない。
確かに鬼道はイタリアに行ったが、イタリアに行ったのは高校卒業と同時に単身渡欧した反逆の保護者代理不動の方が早かったはずだ。
と恋愛の話をしたことは今の今までないから、いつからの一番が豪炎寺から鬼道に変わったのかはわからない。
とんでもない鈍感な奴だから、きっと鬼道は苦手など直球ストレートで愛の告白とかしたんだろうな、よく言えたなあの鬼道が。
を前にするとろくに口も利けなかった鬼道もここぞという時には男らしく決められるように成長したらしい。
そういえば鬼道はなりはああだが回転は速いし紳士的だしゲームメーカーだし、が大好きな『尽くしてくれる人』だから、なるほど鬼道はどこぞの鈍感サッカーバカ聖帝よりもにお誂え向きだ。
鬼道に対抗するつもりはないが、こちらもの支離滅裂な物言いに切り返すスピードは随一だし身の安全のためにもそれなりに誠実に対応しているし、これでもかというくらい言うことを訊いてやっているなかなかの好物件だと思う。
親友はどこまでもいつまでも親友だからそんなもんなんだろうな。
そう思うと急にが男を見る目のない女のように見えてきておかしくなる。
きっとの目は、サッカーのすべてを見通すそれにすべての力を注がれているのだろう。
ま、もしがろくでもない男に現を抜かしてたらその時は俺がの目を覚まさせてたけど。
1人にやにやと笑っていたのが不審に思われたのか、は半田ぁと声を上げる。
そうだすっかり忘れていた。
言おう言おうと思っていて今日まで言い忘れていたことをやっと思い出した。
半田はにまあまあと言って宥めると口を開いた。





「おかえり。みんな、もちろん俺だってずっと待ってた。がまた稲妻町に帰って来て、でもって俺とこうやって馬鹿騒ぎする日を」
「半田・・・。そんなに私と一緒にいたいんなら今夜の同窓会半田も来る?」
「いや呼べよ。なんで卒業してもないお前が参加して俺には連絡ひとつ来てないんだよ」




 だって風丸くんにハグせがんだら半田超邪魔してきそうなんだもん。
当たり前だろなんで鬼道の前でそういうことさらっとやってって言えるのかほんと悪い意味で変わんねぇな!
徐々にエスカレートしていく喧しさに、店内を回っていた可愛らしいウェイトレスがにっこり笑顔で半田たちに向けこほんと咳払いした。







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