横になった石畳はもっと冷たくて固かった気がするが、寝てみると案外寝心地抜群だ。
ふかふかだし暖かいし、ひょっとしたら自宅のベッドよりも気持ちがいいかもしれない。
まさか石畳にこんな意外性があるとは思いもしなかった。
ぐっすりと眠り目覚めたは、牢獄でない周囲の光景にあれぇと呟いた。
眠った場所は間違いなく薄暗い牢獄の中で周りには鬼道や春奈たちがいたのに、目に映る景色には牢の柵がなければ鬼道もいない。
そもそも部屋自体が広いし、やたらとおしゃれだ。
どうやらまだ夢を見ているらしい。
寝なおそうと再び柔らかなベッドに転がったは、もにょりとした温かいけれども骨ばった太い何かに触れ黙って物体の主を見やった。
誤解、誤解だからね有人さん!
私なんでかわかんないけどここにいただけで、隣でぐうすか寝こけてる聖帝に何かされたりとかしてないからね!
たぶん大丈夫、だってほら体の中に違和感とかないし!





「ていうかベッドでかすぎ!」
「・・・ん・・・」
「ひっ!」





 夢にしては聞こえてくる声が生々しいし、いつまで経っても夢が終わらない。
もしかしなくてもこれは夢でもなんでもないマジの話・・・?
おっかなびっくり微睡むイシドににじり寄ったは、イシドの向こう脛と見せかけ鳩尾に正拳突きを叩き込んだ。
むずかっていたイシドがうわあと叫び、ベッドの端まで転がり周り勢いそのままに巨大なベッドから落下する。
ふむ、痛がっているようだからどうやら夢ではないらしい。
ベッドの上に立ち上がったは、痛みに悶絶し床をのた打ち回るイシドを見下ろしびしりと指差した。




「なぁんでイシドさんがここにいんの! どうして私がここにいんの! 説明!」
「・・・う・・・た・・・」
「はあ、聞こえない! しらばっくれようったってそうはさせないんだからね!」
「・・・・・・痛くて、喋れないんだ!」
「痛みを訴えることができるのは元気な証拠でしょ。有人さんどこやったのよ、つーか私をどこに連れてったのよ」





 痛みを堪えなんとかベッドに腰かけたイシドが、に座れと促す。
やぁよと返すとベッドは立って使うものじゃないときつい口調で言われ、渋々いうことを聞いてやる。
は猫背のイシドの背中を容赦なく叩くと、どういうことよ場合によっちゃぶつわよとまくし立てた。





「・・・もうぶってるだろう・・・」
「ああ?」
「・・・ここはゴッドエデン、フィフスセクターがシードを育成するために作った特殊訓練施設を擁した島だ。雷門中サッカー部は少年サッカー法第5条を破った。よって再教育するためにこの島へ招いたのだが、彼らは島の中へ逃げ込んだらしい」
「私らはなんで牢にいて、でもってなんで私は今牢にいないの」
「教育するのは選手たちで監督や顧問、マネージャー、その他部外者は追放される。こちらの手違いで牢に入れてしまっただけだ、すまない」
「だから何の手違いっての。私も監禁プレイで合ってたのに」
「お前は私の愛人でれっきとしたフィフスセクターの人間だ。だから私が昨晩連れ出した、気付いていなかったようだがな」
「・・・ちょっと待って、そこに有人さんいなかった?」
「いた。少し話もした」
「・・・話をした上で私はここにいると? えっ、何話したの? 殴り合いじゃなくて話し合い? は? あの人何言われて私を手放したの? へっ?」





 意味がわからなくなってきた。
誰もが寝静まっている中1人だけ連れ出されたのならばまだ諦めもつくが、鬼道が起きていてなおかつ話し合いまでしたのに連れて行かれた意味が理解できない。
天才ゲームメーカーとして言葉と行動でチームの行く末を決める鬼道が、口下手プロのイシドに舌戦で丸め込まれたというのか。
なぜ鬼道がこちらを手放したのか鬼道の深謀が読み切れない。
彼の策略だと思いたい。
単に言い負かされて連れ去られざると得なかったという救いようもフォローのしようもない結果だとだけは信じたくない。
先程までの威勢の良さはどこへやら、しゅんと落ち込みベッドに突っ伏したをイシドが黙って見つめた。
怒ったり喚いたり落ち込んだりと忙しい奴だ、彼女のテンションに合わせていたらこちらの精神に多大なる負担がかかる。
こういう時は慰めるべきなのだろうか。
しかし、彼女をここへ連れて来たのは自分だから犯人に慰められても腹を立てまたどこかしらぶたれるのが関の山だろう。





「有人さん、助けに来てくれるのかな・・・」
「(そうじゃないと俺も困るんだが)さあ?」






 助けに来なかったら帰りはヘリコプターで帰るぞ。
豪華クルーザーチャーターするくらいの意気込み見せてよ。
落ち込んでいるのか自棄なのか、言いたい放題言い始めたにイシドは一応の安心を覚えた。








































 ゴッドエデンには一般人も住んでいるらしい。
フィフスセクター所有の島で周りはすべて敵だと思っていたが、どうやら警戒しすぎだったようだ。
島で育ったシュウと名乗る少年率いるサッカーチームは、強いけれどもアンリミテッドシャイニングのようにべらぼうに暴力的なことはしなかった。
弄ばれているとは感じたが、それはこちらの技量が向こうよりも劣っていたからだ。
劣っているものは、円堂や風丸たちの特訓で補うところか上回る力を得ることができる。
彼らの特訓内容は正直何に活かされるのかよくわからないが、円堂たちの知恵を絞って考え抜かれたであろうメニューなのできっと効果はあるのだろう。
神童と剣城は鬼のように厳しかった鬼道の練習メニューがいかに人間じみたまっとうなものだったのか、改めて思い知った。





「俺たちは池に浮かぶ大きな葉を渡る特訓をしてたんだ」
「へえ! 俺はシュウと一緒にウォールクライミングしてました! どこまでも高く飛べそうです!」
「風丸さんが言うには、飛び出した葉はDFと思えだそうだ。今まで考えたこともなかったから新鮮だ」
「剣城は何してた? 吹雪さんから錦先輩たちと一緒に練習してたみたいだけど」
「砂の上をひたすら走って突破力を鍛えている。・・・ここでないとできない」





 ゴッドエデンにまさか砂漠まであるとは、かつてこの地で短くも特訓を受けた身でありながら知らなかった。
吹雪は攻守に渡って活躍できる器用なDFという印象が強いが、円堂いわくそれは片方から見た彼の姿らしい。
なるほど確かに言われてみれば、白恋中の化身をも操った協力FW雪村は彼からずっと教えを受けていた。
吹雪とは違うタイプのFWだと自認していたが、違うからこそ新たに目覚めるものもあるのかもしれない。





「この調子だと次はアンリミテッドシャイニングにも勝てそうだ。天馬、剣城、特訓はきついだろうが最後までやり遂げよう!」
「「はい!」」





 砂塵に負けない強靭な足腰を身につければ、あっけなく吹っ飛ばされた白竜のホワイトハリケーンにも耐えられるようになるはずだ。
白竜は初めて会った時から他人に心を開かない一匹狼だった。
1人で究極を追いかけ続け特訓していた。
だから大した接点はなかったはずなのに、なぜだか彼に一方的にライバル視された。
ライバルと認識されるほど長い時間ゴッドエデンにはいなかったし、白竜との思い出もない。
白竜は1人で強くなったようだが、シードを辞めフィフスセクターから抜けたこちらは仲間の力で強くなった。
血反吐と涙しか出ない特訓ではなく、時には笑いや脱力感すら覚えてしまう奇怪な同居人のアドバイスも受けじわじわと強くなっていった。
究極を手にしたと思ったら、人はその瞬間に成長することをやめる。
強くなりたいって思うから人は強くなるけど、強くなった俺はもう最強だって思ったらそれで満足しちゃうのか人ってもう強くならないのよ。
いつかが言った言葉は、彼女にしては異論を挟む余地がない正論だと思う。
これだから気が抜けない。
油断しているとあの人は不意にどきっとするようなことを平気で言ってくるから、いつだって彼女に注目しておかなければとそわそわする。
さん今頃どうしてるかな・・・。
剣城は遠くそびえ立つ塔に囚われているであろう年かさのラプンツェルへ思いを馳せた。







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