私にもあったあった、葵ちゃんみたいに不安でたまらなくて心細かった監禁ライフがたぶん。
確かにあったと思うのだがいつのことだったか全く思い出せない怖かった頃の監禁ライフを懐かしもうとしていたは、こちらの慰めに耳を貸さず泣きながらフィールドの仲間たちを見下ろし続けている葵に苦笑いを浮かべた。
いい子だと思うのだが、少しばかり根性が足りない。
どうせ助けてくれるのだからもっとどっしりと構えて待っていればいいのに、これではまるで剣城たちが救出に失敗することを恐れているようではないか。
剣城たちは苦戦はしている。
何度も倒されているのを見ているので彼らが手こずっているのはわかる。
だが、それでもあまり不安はない。
体は大丈夫かと多少思いはするが、怖さはほとんどない。
は怯え続ける葵の背中をあやすようにぽんと叩くと、ほら見てと言ってフィールドの神童たちを指差した。
「ベンチに円堂くんたちがいるってことは、京介くんたちは相当特訓つけてもらったと思うの。円堂くんの特訓はあんまり当てにしてないけど見て見てあの青い髪の超イケメン。風丸くんって言うんだけど風丸くんの教え方は超上手ようー、風丸くんに教えてもらったらみんな1しかできなかったことが100できるようになるんだから!」
「で、でも・・・!」
「誰が誰から習ったのかはさすがに全員はわかんないけど、少なくとも神童くんは風丸くんから教えてもらったみたい。ビストロだっけ? あれと一緒に相手を抜き去るスピードは風丸くん直伝ね」
「じ、じゃあ剣城くんは・・・?」
「うーん、京介くんはごみごみした中でもぶれずに繋ぐシュート打ててるから吹雪くんかな? 吹雪くんのすごいとこは、自分でディフェンスとかぐちゃぐちゃにした後にシュートまで持ち込める技の連続性だから」
「天馬! 天馬は!? 信助は!?」
「うーん、さあ・・・? 松風くんは空を見る特訓してたんだろうけど誰から習ったのかはわかんないなー。信助くんって子に至っては、それはいったいどちら様ですかって話」
前半剣城たちの動きが鈍かったのは、相手の力を前にして自分たちがいかにして特訓の成果を発揮すべきか状況判断に時間がかかったからだろう。
前半30分間で相手の力を把握することができたから、後半は初めから積極的なプレイができている。
元々フィールド上の選手たちの動きを読むことに長けている神童だ。
目が慣れれば相手の動きに対応した神のタクトを再び振るうことができる。
そして、剣城たちは神童の新たな指示にすぐさま反応することができる優れた選手たちだ。
ほら、不安に思うことなんかなくなったでしょ?
いつの間にやら泣き止み真剣に頷いていた葵に尋ねると、はいと存外気丈な声で返答が返ってくる。
それでこそ革命軍のマネージャーだ。
はふふんと笑うと、VIP席で悠然と観戦しているであろうイシドに向かっていーっと顔をしかめてみせた。
「影山くんも頑張ってるし今年の雷門は大型新人ばっかりねえ」
「・・・あのっ、さんって何者なのか訊いてもいいですか?」
「私? 私は通りすがりの綺麗なお姉さん」
「そうじゃなくて! ・・・いや、そうなんですけど、どうしてサッカーにそんなに詳しいんですか? なんだか鬼道監督みたいだなあって・・・」
「ふふ、似てる?」
「はい! すごくかっこいいです、まるで未来が見えてるみたい!」
「ありがと。未来を創るのは現在(いま)の人たちでしょ。だから、現在の人たちを見てたらその人たちが取る道がなんとなくだけどわかるようになるの。現在がないと未来がないんだから、現在を見るって大事よ」
「へえ・・・」
「とかなんとか言ってるけど、私が葵ちゃんくらいの頃は自分と周りの人の未来なんて見えてなかった。あの頃はまさか10年後に有人さんとこんな関係になるとは思ってなかったもん」
「はい」
「でも、当たってたしわかってたこともある。私はどうせ、形が変わってもあれに縛られっぱなし。昔も今も、そしてこれから先があるのなら未来までずっと」
不思議よね、私って時々私はほんとにここにいる人間なのかなって思うの。
あまりにもあれに執着され続けてるから、ひょっとしたらあれが私をここに存在させ続けてるんじゃないかとか考えちゃう。
馬鹿みたいよね、私は竹とかから生まれたんじゃなくてちゃぁんとパパとママの子どもとして生まれてるのに。
初めて牢の中でが寂しげな表情を見せ、葵はせっかく持ち直しかけていた気分を再び下げた。
牢にいても怖さで我を失わなかったのはがいたからだ。
いついかなる時も太陽のように明るかったが落ち込むと、空気が途端に冷たくなる。
自分たちの立場を認めるべきだ。
そう悠然と言い放ち牙山たちユニフォーム姿の6人の大人がフィールドに入ったのはその時だった。
「えっ・・・?」
「あそこにいる人質たちがどうなってもいいというのであれば存分に戦いたまえ。しかし、その場合彼女たちの身の安全は保障しかねる」
「えっ、あの、さん、さん!」
突然注目を浴びた葵が慌てての名を呼ぶ。
誰かの枷になることだけは嫌だ、それが嫌で怖かったからずっと泣いていたのに恐れていたことが起こってしまった。
人質の存在をちらつかされた松風たちの動きが格段に鈍り、大人げない大人たちの容赦ない攻撃にぼこぼこに叩きのめされ始める。
たった一度のシュートで神のように体が吹き飛び地面に叩きつけられ、成す術がない。
もがこうにも体は動かず、特訓の成果どころではない。
嫌っ、天馬、天馬!
鉄格子をつかみ絶叫する葵はやはりお姫様系ヒロインだ。
よく人質という言葉を使ってくれた。
奴らは、脅しのために使ってあろう『人質』という言葉が持つ本当の意味を知らないのだろう。
私知ーらないっと。
はぼそりと呟くと、のろりと立ち上がり牙山に向かってばっかねぇと叫び散らした。
「・・・なに?」
「聞こえなかった? 馬鹿って言ったげたの、馬鹿って。あんたたちこそ自分の立場わかってないんじゃない?」
「口を慎んだ方が身のためだとわからんのかな、最近の若い子は」
「あんたこそ誰に向かって物言ってんの? 円堂くーん、選手交たーい」
牙山から円堂へくるりと振り向いたが、口元に手を当て円堂に大声で呼びかける。
大したことを言わずとも頷いた円堂や鬼道たちが順に立ち上がり、フィールドへと足を向ける。
守りきれなかったのならば助けに向かえばいい。
神妙な面持ちで口を開いた鬼道に、風丸はにこりと笑いかけた。
「いいぞ鬼道、その心意気乗るぜ」
「えー風丸ー、俺の言いたいことも聞いてくれよー」
「わかったわかった。でもあの教官も本当に考えなしだよなあ、誰が人質かわかっているのやら」
「わかってないから言ってるんだよお。さん取り戻すためにはどんなことだって容赦なくやる俺たちなのに」
「ちゃんじゃなくててめぇら自身がゴッドエデンっつー地獄に供えられる生贄なんだよ。で、ちゃんがすごいのは俺らが自分のためにブチ切れるって見越してることな。すっげー自信」
「お、俺場違いな気がするっスー!!!」
「大丈夫だよ壁山、を助けに行くのは俺と壁山だ」
「風丸、俺に譲ろうという優しさはないのか?」
鬼道の懇願めいた問いに答えることなく、風丸がフィールドへ足を踏み出す。
体が少年の頃のように軽くなった気がする。
今も俊足DFとしてプレイしているが、今とは違う軽やかさを感じる。
これなら飛べる、天高くまで舞い上がりの元まで飛びに行ける。
牙山たちとの戦いで拾うの色濃い6人の中学生たちと交代し、円堂たちがポジションに就く。
相手に中学生が混じっていようと手加減はしない。
同じフィールドに立っている以上、相手が誰でいくつであろうと関係ない。
風のような流れる動きであっという間にゼロからボールを奪った吹雪が敵ゴールに向かってエターナルブリザードを放つ。
冷気を孕んだ絶対零度のシュートに追いついた鬼道が高らかに指笛を鳴らせば、地中からぼこぼことペンギンたちが現れる。
きゃあペンギンさんひっさびさー!!
頭上から心なしか若返りトーンがやや高くなったの歓声が聞こえ、待ち構えていた不動の口角がにいと上がる。
風丸が帝国の必殺技に絡むのは初めてだが、万事卒なくこなし、かつの声援を受けた風丸が大一番で失敗するわけがない。
エターナルブリザードからのシュートチェインで放たれた皇帝ペンギン2号がゼロのゴールに迫り、GKの必殺技により弾かれ高く跳ね飛ぶ。
笑っているゼロの選手たちを笑い返したくてしょうがない。
ゴールキックとなり図体にしては素早い牙山たちのカウンター攻撃が、円堂守る雷門ゴールを襲う。
誰に向かってシュートを打っている。
雷門のゴールを守るのは雷門の生きる伝説、不世出のサッカーバカ円堂守だ。
ゴッドハンドの進化系ゴッドハンドVで難なくシュートを止めた円堂が、おーと間延びした声を上げ天を仰ぐ。
はしゃん、どごぉん。
金属が外れる音が響き渡り、次いできゃああああと可憐な主に葵の悲鳴が上がる。
スカートの中を本能で見ちゃ駄目だ、生きてここから帰れなくなるから絶対に駄目だ、ばれたら鬼道に殺される。
黒か紫かなと手で塞いだ隙から確認してしまった円堂の隣と、一陣の風が走り抜ける。
行くぞ壁山、はいっスー!
壁山の腹を空中で踏み台にし高く舞い上がった風丸が、宙に浮いているを抱きかかえすとんと着地する。
皇帝ペンギン2号で牢を破壊し、壊れた牢から放り出されたを竜巻落としの要領で空中キャッチしたらしい。
さすがは風丸だ、やることなすことすべてがかっこよくて加勢や邪魔のしようがない。
をお姫様抱っこしたまま大丈夫かと尋ねている風丸に、がこくこくと頷きぎゅうと首に抱きつく。
ずっと会いたかったの、ずっとこうしてほしかったの、風丸くんにぎゅってしてもらう日をずっとずっと待ってたの。
好き好き好き好き風丸くん。
を下ろした後も求められるがままにぎゅうと抱き締め、ぽんぽんとあやすように頭を撫でる風丸にが更にぴたりと体を寄せる。
あんなこと俺は一度も言われたこともないしされたこともないぞ。
全身どころか声まで震わせ今にも崩れ落ちそうな鬼道にかけてやる言葉が見つからず、円堂と不動が同時に鬼道の肩にぽんと手を置く。
相手が風丸だから仕方がない。
破壊力は格段に上がって、あと一撃で鬼道をノックダウンさせてしまいそうだ。
「、俺たちは今からの分も戦ってくるから。怖かったろう、よしよし」
「すっごく怖かったけどでも、風丸くんが来てくれるって信じてたから平気。あいつらぼっこぼこにしてきて。でもって」
早くあいつの目を覚ましてきて。
10年ぶりの背中のおまじないと共に告げられた呪詛ではなくの本当の願いに、風丸はわかったとゆっくりと答えた。
は今でも心の中のほんの少しの部分では幼なじみを信じている。
罪な男だ、こんなに心配されているのに好き勝手やって一言びしっと叱ってやりたい。
おそらくは鬼道には言えないの願いを胸に仕舞った風丸が、再びフィールドを駆ける選手に戻る。
なあ豪炎寺、お前ほんとにすっごく幸せ者なんだぞ。
だから大人しく幸せになれよ、頼むからを悲しませないでやってくれ。
風丸の祈りが込められたパスが、風丸にすべての見せ場を持っていかれ何もできずフラストレーションばかり溜め込んでいた不動と剣城に渡った。

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