かんぱーいの合図と共に合わせたグラスが軽快な音を立てる。
真っ先にご馳走を貪る者、親父さながらにウーロン茶を呷りぷはあと息を吐く者。
賑やかでなによりだ、ここが貸切で良かった。
円堂は隣でもぐもぐと料理を口に運ぶコーチとその子分、もとい雷門イレブンたちを見やり頬を緩めた。
彼らの幸せに満ちた笑顔を枯らさないためにも、今夜は妻の差し入れをお披露目するのはやめておこう。
これは後でこっそりと自分で食べよう。
子供たちに罪はないのだ。
円堂は思い思いに宴を楽しみ始めた教え子たちを見回し、ゆっくりと腰を下ろした。
円堂くんこれ美味しいよお酒に超合うと顔をこちらに向けることなくおすすめの料理とやらを差し出してきたコーチから皿を受け取り、同じように口に運ぶ。
なるほど確かに美味しいが、料理ばかりではなくこちらも見てくれないだろうか。
食べるのに夢中なのも健康的でよろしいが、こちらも見てくれないだろうか。
子どもではないのだからもう少し大人らしい対応をしてはくれないだろうか。
円堂が名前を呼ぶと、エビフライを口に突っ込んだコーチがようやく顔を上げた。
「呼んだ? あ、それも美味しそうじゃん一口ちょうだい」
「あげるから少しは話しようか、」
「話? お酒飲みながらする話なんてどうせろくなもんじゃないでしょ。あ、春奈ちゃん私もピーチサワーおかわり」
「が酔う前に話したいんだよ。・・・さ、これからどうする?」
「どうって? あ、クビ?」
「クビにするわけないだろ! どこに中学サッカー部に世界クラスの指導者クビにする雇われ監督がいるんだよ」
「目の前にいるんじゃないの? えー、リストラかー」
「だからしないって。・・・帝国とかフィフスセクターとか、やりにくくないかなって」
食べ盛りの中学生に負けない食欲旺盛さを見せていたが、ああと呟きグラスをテーブルに戻す。
頬杖をつきどうしよっかなあとぼやくに、できればいてほしいけどと監督としての思いを伝える。
がいるのといないとでは、監督が背負う重責も辛さもまるで違う。
神童たちは円堂監督はわかっていて黙っていると信じ込んでいるようだが、実のところはとんとわかっていないために黙り続けるしかない円堂にとっては、監督よりも監督らしい存在だった。
の言葉を余すところなく理解した神童がチームに神のタクトという名の道を示し、勝利をもぎ取っていく。
かつて幾度となくフィールドで見てきた光景とよく似た今が円堂が心地良かった。
サッカーを取り巻くありとあらゆるものが変わってしまった今でも変わらずに輝きを放ち続けるが眩しかった。
の眩さが厄介事ばかり背負い込んでいるあの人やこの人にも通用するのか、不安もあったが。
「まあいろいろあるしねえ。てかやっぱあれってあれなの?」
「・・・、あいつの名前呼ばなくなったな」
「そうほいほいと呼べるわけないでしょ、私にも私の立場ってのがあるんですう」
いつまでもなんにも知らない子どもでいられないんだからと続けると、はぐいとグラスを呷った。
これで何杯目だろうか。
本当に酔ってしまうのではないだろうか。
酔いたくなるほどに辛いことがあるのだろうか。
確かにはもう子どもではない。
物事のあれこれを理解し、立場を弁え動かなければならないようになった。
本当はもうサッカーに浸からなくていいのに、彼女を取り巻く環境がまるでを誘うかのようにサッカーにまつわる厄介事を立て続けに起こしていくから、今でもが立ちたくもない前線にいる。
引き際を見失っているようにも感じられるから、さらなる深みにはまる前に手を引くことを勧めた。
しかしは引く気がないのか、はたまた既に酔っているのか聞く耳持たずだ。
円堂はようやくチームのキャプテンの想いに気付いていた。
多少の歳の差は気にしない性質なのか単なる年上好きか、神童がに懸想している。
報われない恋だとわかっているだろうに想いを寄せている。
だからこそ尚更、に進退を問うたのだ。
フィフスセクターや帝国など縁深い人々と再会する前に、の気持ちを確かめたかったのだ。
「そりゃいなくなってもいいけど、円堂くんに帝国の相手はきついんじゃない?」
「・・・やっぱりそう思うか?」
「相手を誰だと思ってんの? あの人の強さはマジなんだから、だーんまりばっかりしてる円堂くんにどうこうできるわけないじゃん。言うほど円堂くんいい監督じゃないし」
「辛辣だなあ、相変わらず。・・・でもさ、は俺の友だちだから友だちがこれ以上の厄介事に巻き込まれてくの見たくないんだ」
「そういうとこが甘っちょろいってば。誰も傷つかないで事が進むわけないでしょ。ま、私は傷つくのごめんだからその時は円堂くんを身代わりにするけど」
「強いなあ、は」
「強くしとかないところっと中学生に口説き落されそうになるからねえ。ほーんと私、生まれてくる時代間違ったかも」
仮に神童の10分の1でも甲斐性と思いやりがあれば、今日のような事態にはならなかった。
彼にもっと甘えさせてくれるだけの包容力と大らかさ、心の安定さがあればもっと甘えて身を委ねて、余計なことを考えずに今頃は若くて可愛い誰もが羨む美人妻になっていた。
甘えられなかった、信じきれなかったこちらにも非はあると思う。
事ここに至るまで互いに非に気付かなかったから、ここまでこじれてしまったのだと思う。
歳ばかり取って、けれども中身は歳に追いつかないからいつまで経っても良くならない。
はグラスを手にしたまま持ち上げようとしない円堂にかつんとグラスを合わせた。
にこりと笑みを向けると、円堂もつられて笑う。
円堂に心配されるほど落ちぶれたつもりはない。
大丈夫だ、もう少し強気の様でいられる。
「円堂くん、2軒目どこ行く?」
「さすがに独身の同僚と飲み歩くのは奥さんに睨まれるからやめたいんだけど」
「えー、じゃあ春奈ちゃんどう? 女子会しようよ女子会、小暮くんとの話聞きたぁい。てかもう秋ちゃんとこ行って飲み直す?」
「すみませぇん、私教師なんで飲んだくれてるとこ保護者に見られると困るんですよー」
どいつもこいつもつれない連中だ。
仕方がない、宅飲みでオールとしゃれ込むか。
はぐいと今夜7杯目のアルコールを飲み干すと、ダーリンの馬鹿ーと叫んだ。
ストップ、飲酒暴言