ガキではないのだから、もう少し節度ある生活を送るべきだと思う。
自分の限界がどこまでなのか、いい加減知るべきだと思う。
他人の限界だけでなく、もっと自身を顧みるべきだ。
強がるのは疲れちゃったとあっけらかんと言い放ち、引きつった笑みを浮かべ突然河川敷のサッカーグラウンドを訪れたを見た日のことは、今でもよく覚えている。
海の向こうで幸せに暮らしていると思いきやの帰国には、驚く以外の表現が思いつかなかった。
つい先日まで海の向こうでやんや言われていた女神様が、女神やめた宣言をした時は耳を疑った。
何があったのかと訊いてもはぐらかされてばかりで、本音は今でも聞けていない。
滅茶苦茶な発言のオンパレードで周囲を煙に巻く行為は、改まるどころかさらに悪化してますますコミュニケーション能力の乏しい人に成り果てている。
半田はマンションの前でばったりと出くわしたを見て、深く大きくため息をついた。
雷門中サッカー部の打ち上げで円堂たちと派手にやらかしたのか、ただでさえふらふらへらへらしているの足取りが更に覚束ないものになっている。
よくここまで無事に帰り着けたものだ。
子どもたちの前ということもあり、ギリギリ理性を保っていたのかもしれない。
いっそ飲んだくれてボロを出した方が恋する中学生の心と頭に冷や水を浴びせることができてちょうど良かったのに、やはりは妙なところで優しい。
いったい何人の男を生殺しにすれば気が済むのだろうか。





お前さあ、よく居候先で羽目外せるよな。少しは遠慮しろよ」
「なぁんで親友相手に遠慮しないといけないわけ。いいじゃんたまにはもー」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないのか? 仕事で疲れた俺を笑顔で出迎えるとか飯作って待ってるとかやんないのか?」
「そりゃ私だってやりたかったよ、そういうの。でもさ、でもさあ」





 させてくれなかったんだもん。
やろうと思ってたのに、準備もしてたのに今はそんなことやってる場合じゃないって言ってさせてくれなかったんだもん。
部屋の鍵を開け、玄関へ入るとはぽそんと呟いた。
ブーツを脱ぐために座り込んでいるとわかっているのに、丸めた背中が、伏せた顔が寂しそうで心に鋭い痛みが走る。
大人になって再会したは、宴会芸として習得でもしたのか様々な表情のバリエーションに富むようになっていた。
満面の笑みではなく、取り繕った上辺だけの笑みを浮かべることが多くなった。
風丸ほどではないが、半田もの表情については詳しいと自負していた。
昔はいつだって素直な表情をされていると太鼓判を押されていたが、どうも最近は偽りの表情を見せられていることが増えた気がする。
半田は腰を屈めると手を伸ばした。
どうせまたつまらない顔をしているだろうから、ご自慢の美貌を少々歪めて面白い顔にしてやろう。
のそのそとブーツを脱いだがゆっくりと顔を上げる。
何だよその顔。
どうしてそんな顔してるんだよ。
それが本音の顔ってんならそれでいいけど、どうしてそんなに寂しそうなんだよ。
俺がいるのに、親友がいるのにどうしてだよ。
顔をつねるために伸ばした腕が顔を通り過ぎ、背中へと回る。
なんでだよと詰ると、腕の中のがなんでだろうと答える。
彼を殴りたいと思ったことは過去にもあるが、今日も殴ってやりたい。
宙ぶらりんの関係が嫌だから、関係を変えたくて変えることに成功したからを手に入れたというのになぜ手放したのだ。
変わりたくても変われない、が今のままがいいと望んでいるから変化を求めることができず、今もこうして抱き締めるだけに留めざるを得ない自分はどうなるのだ。
幸せになるために変わったはずなのに、なぜ変わっても誰一人として幸せになっていない。
お前が失敗したから、俺だって、俺なら変われるかもしれないって思うだろ。
やっぱお前には無理だから、だったら俺がって思っちゃうだろ。
半田は自身の背に回されたの腕を感じ、先刻とは違うため息をついた。






「・・・、もういいんだよ。知ってるだろ、あいつにに尽くせるだけの甲斐性ないって」
「・・・・・・」
「雷門のこともほっときゃいいんだよ。円堂からちょっと話聞いた。これ以上首突っ込んだらお前絶対駄目になる」
「気にしてない」
「気にしろって言ってんだよ! なんで気付かない? 今のあいつには見えてないって。なんで気付いてくれない? 俺がのこと、」
「都合の悪いこと知りたくないのが人ってもんでしょ」
「俺の気持ちも都合悪いってか? 親友が何ほざいてんだって思ってんのか?」
「・・・あのねえ」





 酒にだらしがなくて、酒と香水の匂いをぷんぷんと漂わせている女は嫌いだ。
は香水の匂いこそしないが、酒の匂いはほんのりとする。
嫌いなはずなのだが、のそれは不快にはならない。
むしろ、彼女自身が劣情を孕んだ愚かしい簒奪者を酔わせるアルコール度数の強い酒のようだ。
都合良すぎて虫も良すぎるから困るってわかんないわけ?
予想通りの柔らかな唇の余韻を楽しませる間も与えず顔を離したは、半田の背から手も離すと素っ気なく言い放った。





「半田もどんだけ私のこと好きなの。私が好きなことよーくわかったからはい、さっさと親友に戻りましょうねー。キスはボーナス支給ってことにしとくから」
「・・・それで足りると思ってんのか?」
「は?」
「ボーナス1日で足りると思ったら大間違いなんだよ。変わりたい。がどう思おうと、俺はもう戻りたくない」





 関係よりも先に空気ががらりと変わったことに気付いたが、外へ出ようと一度は脱いだブーツに再び手を伸ばす。
どこにも行かせない、行かせたくない。
嫌だと小さく抵抗の声を上げたを、半田は体ごと抱き上げた。






どっかに続く






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