若奥様って美人なんだけど、母性はそんなにないよね。
以上、ジュール家住み込みのメイドの一言でした。














Case09:  一難去って一幸が来ました
            ~そんなこんなで幸せいっぱい~












 これでもかというぐらいに広い庭園から、元気なかけ声が聞こえる。
見えざる敵に向かい棒を突き出し、素早く振り上げる。
飽きることなく繰り返されるその一連の動作は、見ている者にはおよそ理解しがたい情熱を感じさせていた。





「はいっ!!」





 フィニッシュと言わんばかりに棒を地面に突き立てる。
は晴れ晴れとした顔で、満足そうに頷いた。
今日もキレは抜群である。
毎日やらないと身体や腕が鈍ってしまう。
それに日々の鍛錬が、新たな特技を生み出すというものだ。
ちょっと前だって、これでを救出したし。
棒術ができて助かったことはあるが、困ったことなど一度もない。







「よし、今日はこのくらいかな・・・。」





 若奥様とだけあって、はなかなか忙しかった。
仕事を家に持ち込みたがらないイザークだが、全てを家から閉め出すことはできない。
軍や議会関連の書類やら資料やらを、その筋の人が持ってくることもある。
しかし来られてもイザークはいないので、妻であるが応対するしかないのだ。
彼女自身ザフトに所属していたし、実家も名の通った家だったので、顔見知りもたまに見る。
マナーや作法は完璧だが、接客はあまり好きでない。
それでも夫のためならやってみせようと、お蔵入りのスキルを引っ張り出し、万事卒なくこなしていた。






「若奥様、議会の方が旦那様にと・・・。」


「そうですか。今行きますから、客室にお待たせしておいてくれる?」





 取り次ぎのメイドにそう頼み、さっさと支度を整える。
今日はどんな人だろうか。
こんなに仕事こなして、イザークは大丈夫かしら。
いろいろと不安もあるが、この忙しさもいずれは懐かしい思い出になるに違いない。
そう思えば、やる気も出てくるというものだ。


やたらと分厚い書類をやって来た人物から受け取る。
中身はさっぱりわからないが、おそらく重要書類なのだろう。
客を丁重に見送り、預かった書類をイザークの机の上に置く。
机の上には整然と資料が積まれている。
これでは趣味の民俗学の本を読む暇さえないだろう。
本当にご苦労な旦那様である。
ご苦労なはずなのに、なぜだか彼の直属上司に当たるラクスから遊びの誘いが入るのは、どうにも理解しがたい謎である。

 ほう、と小さくため息を吐く。
浮かない顔をしていると、メイドが寄って来て昼食だと告げられる。






「昼食を摂られて、気分転換なさったらいかがですか?
 若奥様に憂いたお顔は、似合いません。」



「ありがとう。じゃあそうしよっかな。」







 食卓を前にするが、食欲が湧かない。
朝あれだけ汗を流して運動したのに、だ。
なんというか、食べ物を目にすると吐き気まで催してきた。
思わず口に手を当てて背を丸める。
の異変に気が付いたメイドが、若奥様!?と叫んでいる。






「うぅ・・・。」


「び、病院行きましょう若奥様!」

「・・・はい? いや、別にそこまで・・・・」






 あれよあれよという間に車に乗せられる。
厳重にガードされて、まるで重病人扱いだ。
そんなにひどくないし、もう収まったんだけどなとは言えない雰囲気に呑まれただった。


















































 病院に運ばれるの報は、直ちにイザークに伝えられた。
いきなり運ばれたと聞いて、驚かない夫はいない。
イザークはその報せを受けた瞬間、なにぃっと叫んで立ち上がった。
人目も憚らず、携帯に怒鳴り散らす。






「で、の容態は? 今すぐ行く。あぁ? 今すぐだと言っているだろう!」






 電話先の話を聞くこともなく、一方的に電源を切る。
仕事なんかやってられるか。
妻の一大事に駆けつけねば男が廃るというものだ。
一体どこを悪くしたというのだ。
頭か、顔か、口か、それとも腕か。
嫌、口は元からあまり良くはないか。
馬鹿な考えを頭から追放し、再びまともな思案に暮れる。
完治するのだろうか。
後遺症の心配は。






「俺は後妻なんて娶らんぞ!?」


「イザークさん?」





 意味不明の言葉を口走りながら、猛然と議会を後にするイザーク。
彼を見て、ラクスは不思議そうに呟いた。
いきなり取り乱して、何があったのだろうか。
後妻って何だ。
聞く前にイザークが飛び出してしまったので、わからないままだ。
もっとも、イザーク自身も詳しいことは何一つとして知らないのだが。




















































 は病院からとっとと退散していた。
別に何ともなかったからである。
むしろどうかしているのは、たかが吐き気ぐらいで病院に連行したメイドたちだと思う。
仕事中のイザークにも連絡入れたりして、向こうはさぞかし迷惑しているだろう。
診断結果は知っているが、誰にも言わなかった。
医者にも、夫には言うなと口止めした。
自分の口から言えば充分だろう、不治の病とかでもあるまいし。
はそう思い、棒を構え直した。







!? 何してるんだ!」






 声を聞き、なぜイザークがここにいるんだと、まず思った。
振り返り、おかえりなさいと言う。
すると、棒を取り上げられた。
なんだかものすごく怖い顔をしている。
髪の毛とか重力に反して逆立ちそうだ。






「どうした「どうしたじゃない! 病人は大人しくしていろ!」






 ばしいっと棒を芝生に叩きつけ、腕を掴む。
ぐいぐいと屋敷へと引きずっていくその腕力に、は顔をしかめた。
鍛えてはいるが、乱暴には耐えるにも限度があるのだ。
そんな全力で掴まれたら、病院に行く前よりも痛い。
振り解きたくなる。





「ちょっ、待ってよ。私病人じゃないし。」


「嘘をつけ! 病院は病人が行く所だ!
 どこが悪いんだ、治るのか!?」


「だから、なんで人の話聞かないのよ!
 赤ちゃんできたんだから、病気じゃないって!」」






 聞き分けの悪いイザークに嫌気が差し、は彼の手を振り払った。
これがあと1年も絶たないうちに、人の親になるのだ。
この、人の話もろくに聞かない男が、だ。
イザークはの方を向くと、穴が開くほどに彼女をまじまじと見つめた。
なんだか微妙な顔をしている。
怒りが笑みに変わろうとする最中のようだ。






「・・・それは、事実か?」


「なんで嘘つくのよ。お医者さんに言われたもん。自覚なかったけど。」









 ふわり、と抱き締められた。
先程までの激しさとは決別したようだ。
ひたすら優しく、包み込むように抱き締められた。
その温もりが心地良くて、身体を預ける。








「俺の子、か・・・。」


「私とイザークの子どもよ。
 いや、ほんとにびっくりした。いきなりおめでとうございますーだもん。」



「あのが母親に。母性の欠片もなかったお前が。」





 イザークの一言には苦笑した。
確かに軍人時代も、いや結婚してからも自分に母性を見出したことはない。
そんな自分が母親になど、果たしてなれるのだろうか。
もしかして今からぐんぐん母性が目覚めてしまうのか。
ちょっと想像できなかった。






「いいか? これからはひたすら大人しくするんだぞ。
 棒術なんてもっての外だ!」


「えー、嫌よ。適度な運動して、健康的な生活送らないと。」


「朝も昼も棒を振り回すのは、適度じゃない。
 ・・・無茶はしないでくれ、頼む。」



「うっわ、イザークから頼み事とか久々に聞いた。
 プロポーズの時以来かも。」







 イザークは身体を離した。
減らず口とは、彼女のような人のことを言うのだろう。
でもまぁ、このくらい元気なら安心できる。
ただでは死なない(死ななかった)我が妻だ。
立派な子を産んでくれるに決まっている。
ジュール家が賑やかになる日が楽しみだ。








「さ、せっかくイザークもいるから、ちょっと棒術付き合ってよ。」


「おい、人の話を聞け。」


「あは、冗談だって。どこぞの旦那様とは違うもんねー。」






 冗談が冗談に聞こえない、身重の若奥様だった。








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