いつかはバレるってわかってたんだよ。
ただ、言うタイミングがつかめなかっただけ。
Case10: 不変の現実
~ポロリ発言には気を付けよう~
シンはじっとを見つめていた。
こんな朝早くから、よくちょこまか動けるものだと感心してしまう。
彼女には、およそ生活リズムの乱れというものがないのだろう。
毎日同じ時間に起きて、日中同じようなことをして、夜になったら美味しい料理を食卓に並べる。
ずっとずっと、その生活の繰り返しだ。
そんな1日が果たして楽しいのか、シンにはわからなかった。
「シン? どうしたの、ぼーっとしちゃって。」
「いや・・・。さ、毎日生きてて楽しい?」
「は!?」
何を言い出すんだこの人は、という目では恋人を眺めた。
ぼけっとしているかと思えば、いきなり極論尋ねてきたりして。
私にいったい何を言わせたいのだろうか。
普通に楽しいが、そう答えていいものかちょっと迷ってしまう。
「た、楽しいけど・・・、どうしたの本当に。」
「なんつーか・・・、の日常ってあんまりスリルがないよなー。」
「あったじゃない、こないだ誘拐されて。」
「それもそうだけど。・・・ま、いっか。楽しいんならそれでいいし。」
なんとも消化不良な言葉を残して、シンは仕事に出かけていった。
残されたがモヤっと感いっぱいになったのは、言うまでもない。
「・・・うちも、モヤっとクッション買おっかな。」
最近巷では、そういうクッションが地味にブームらしい。
シンは仕事場でものことを考えていた。
彼女は楽しいと言ってくれたが、そんなはずはなかった。
自分だったらそんな日常耐えられない。
ストレスばっかり溜まって、結構荒んだ生活とか送りそうだ。
3食全部カップ麺なんてのも、大いにありそうな未来予想図だったりする。
「なぁルナ。」
「何よ、ぼさっとして。」
「ルナはさ、毎日おんなじ生活を繰り返しても楽しんでいられる?」
戦後も同じ部署に配属された、さりげなく腐れ縁のルナマリアに尋ねてみる。
ぼさっとしてとかひどい言われ方だが、むやみに彼女の機嫌を損ねたくないのでスルーした。
ルナマリアは何を言ってんだという顔でシンを見つめた。
「あんた・・・、のことで悩んでんの?」
「そうだけど。なぁルナ、どう思う?」
「楽しんでないんなら、シンのとこからとっくに消えてるんじゃないの?」
「そうかな?」
「もう、惚気話は聞かないからね。脳内春男は帰った帰った。」
犬でも追い払うがごとく、しっしっと手を振られる。
相変わらずひどすぎる扱いだが、シンはもう何も気にしないことにした。
彼もそれなりに成長したのだ。
バカにされ具合には若干の変化しか見られなかったが、それもご愛嬌だ。
帰宅途中、シンはまたキラと鉢合わせした。
といっても、以前は突っかかって憎まれ口ばかり叩いていたが、誘拐事件以後は少し仲良くなった気がする。
共有の目標を持つと、人間仲良くなるものである。
「キラさん、最近うちに来ないんすね。」
「なに、僕が来ないからが寂しくて泣いてるって?
可愛いなぁは。」
「どこをどう変換したら、んなアホ妄想になるんすか。
スーパーコーディネイターの頭は、さすがにぶっ飛んでるんすね。」
「やだなぁ冗談に決まってるじゃない。家も片付いたから、自炊してるだけだよ。」
案外まともな回答に、逆に拍子抜けするシン。
なんとも刺激的でない言葉に、落胆したりもする。
「え、がっかりしてるの? なんでさ、君と僕はライバルなんだよ。
似てなんかいないからね。」
「わかってます。・・・なーんかスリルないんですよね。
毎日同じ1日過ごして、刺激足りないってか。」
キラはきょとんとしてシンを見た。
平和な生活が一番いいだろうに、何をとぼけたこと抜かしてんだこの男は。
そんなにスリルが欲しいんなら、お言葉に甘えてを寝取ろうかと言いかけてしまう。
「・・・君たち、まだままごと同棲してるの? 刺激が欲しいんならを抱きゃいいじゃん。」
「だっ・・・・!? な、何を言ってんだこの人!?
俺とはそんな・・・!!」
「あれ、まだ1度も寝てないの? じゃあ、あれっきり・・・?」
小さく付け加えられたキラの言葉を、シンは聞き漏らさなかった。
なんだか今、とてつもなく聞いちゃまずい台詞を聞いた気がする。
あれっきりって何。
『あれ』という何かがあってから、1度もしてないってことだよね。
辞書にはそう載ってるし。
じゃあ、その『あれ』って何。
もしかして・・・・・・・、『あれ』?
「・・・キラさん、『あれっきり』って、何があれっきりなんすか。」
「えー、僕そんなこと言ったっけー? 何かの聞き間違いじゃ「ありません。」
妙に目の据わったシンを前に、キラはほんの少し後悔した。
こればっかりは言わないって決めていたのに、僕ったら口が滑っちゃった。
あの時心ないことしてを泣かせたから、言いたくなかったのにな。
「・・・いつの話ですか。」
「3年前、と感動の再会を果たした時だよ。」
「そんなの聞いてない・・・。」
「当然でしょ。誰が恋人に『私、あなたの恋敵と寝たんですー。』って言うのさ。」
もはやキラの言葉を聞いていなかった。
ふらふらと家へと入っていく。
キラは一抹の不安を覚え、シンの背中に呼びかけた。
自分が恨まれ憎まれるのはいい。
ただ、は何も悪くないのだ、たぶん。
そこはわかってほしかったのだ。
「・・・を叱らないでね。あれは、僕が無理やりしたんだ。
それ自体を謝るつもりはこれっぽっちもないけど。」
「・・・わかってます。・・・・・わかってますって・・・・・。」
シン待望のスリルと刺激溢れる、いや溢れまくって零れている生活が、到来した。
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