愛にはいろんな表現方法があります。
だから、相手と同じことしなくてもいいんだよ。
Case11: 愛の究極論
~俺と彼女の生きる道~
どうして自分の家に帰るのに、こんなに気が重たくなるのだろうか。
こんなこと、今まで1度もなかった。
門を開けてインターホンを押すことが、ものすごく躊躇われた。
それでも、他に選択肢がないのでベルを鳴らす。
10秒かそこらでドアが開かれ、愛しいが現れた。
「ただいま。」
「おかえりなさい! 今日もお疲れ様でした。」
晩御飯温めとくねと言って台所へ消えたを、シンはじっと見つめていた。
最前のキラの言葉が甦る。
まさか3年前のあの連れ去り事件の時にそんな関係を持ったなんて、思いもしなかった。
ただの幼なじみじゃないじゃんか。
シンはふと考え込んだ。
これは、に告げるべきなんだろうか。
もしかして、彼女も忘れたがっている過去ならば、このまま黙っている方がいいのではないか。
ずっと知らないふりをして同棲を続けた方が、安全ではないか。
「・・・やっぱ黙ってようかな、変に波風立たせたくないし。」
「何を黙っとくの?」
「何って、が3年前にキラさんと・・・・おって!?」
危うく口を滑らしそうになった。
というか、これはセーフなのかアウトなのか!?
非常に際どいところで言い止めたものだ。
シンはそっとを見た。
はことんと小首を傾げると、ご飯できたよと答えた。
どうやらバレなかったらしい。
無茶苦茶察しが良くて勘がいい子だから、口には気を付けないといけない。
シンはとりあえず、3年前の事実を頭から遠ざけることにした。
「あ、そういえばシンは知ってた? に赤ちゃんできたんだよ。」
「え、あのさんに。相手はイザークさん?」
「他に誰がいるのよ、もう。
産まれるのはもうちょっと先らしいけど、あの2人の子どもだから、きっとすっごく可愛いよね!」
シンはイザークとの顔を思い出した。
確かにコーディネイターの中でも卓抜した容姿の持ち主である2人だ。
どっちに似て生まれても、美形街道まっしぐらだ。
遺伝子いじくりまくってできたコーディネイターが言うのも奇妙だが、遺伝子って素晴らしい。
「いいなぁ赤ちゃん。私、子ども大好き!
シンも、自分の子供とか欲しいって思う?」
単刀直入すぎるの質問に、シンは思わずお茶を吹き出した。
なんてこと言い出すんだ、俺の彼女は。
俺が今夜、どれだけその手の話に敏感になってるか知りもしないで。
大体、さっきから地雷踏みまくりなんだよ。
シンは平静を装って口の周りを拭くと、こほんと咳払いをした。
特に意味がないのだが、自分を奮い立たせるためだ。
ここで崩れれば、今まで耐えてきた時間が水泡と帰してしまう。
それだけは避けたかった。
ものにはタイミングがあるのだ。
「どうしたのシン。なんだか今日は変だよ?」
「そうかな。別にいつもと同じようにしてるけど・・・。」
「でも、帰って来てからすっごく挙動不審。またキラに何か意地悪されたの?」
「いいや、最近は割と大人しいから、あの人。」
「ならいいけど・・・。」
なんとかやり過ごしはしたが、そろそろ我慢の限界が近付きつつあるシンだった。
就寝の挨拶を言いそれぞれの部屋に入った後、シンは悶々としていた。
やはり、キラの発言が忘れられない。
それにこれ以上黙っているのは、無理だった。
もともと我慢強くはない性格だし。
「・・・、起きてる・・・?」
一応ドアをノックしての部屋に入る。
はベッドランプを点け、うつ伏せになって本を読んでいた。
彼女は起き上がって寝巻きを整えると、なぁに?と尋ねた。
「あの、さ、今日うっかりキラさんから聞いたんだけど・・・。
お、思い出したくないことだったらほんとにごめん。
でも俺、やっぱりほっとけなくて・・・。」
「何の話?」
「その・・・、3年前がフリーダムに連れ去られてアークエンジェルに行った時・・・。
あの人といろいろあったって、ほんと・・・?」
の顔から笑みが消えた。
かぁっと紅くなった顔を俯ける。
その反応を見て、あぁやっぱりと思った。
知ってたんだ、とはぽつりと呟いた。
ばつが悪そうな顔は、相変わらず下を向いていたが。
「あの時は本当にキラに逆らえなくて・・・。
怖いって思った。キラとそういう関係になることにもだけど、シンに知られるのが。」
「どうして、」
「嫌いになるんじゃないかなって。ほ、他の人とそういう関係になった女なんて、嫌だろうって・・・。」
アスランよりもよりも、シンに嫌われるのが一番怖い。
は震える声で続けた。
ベッドシーツに涙が零れ落ちる。
シンはじっとを見つめていた。
嫌いになんかなるわけがない。
俺だって、彼女に嫌われたら生きていけない。
起こってしまった過去もひっくるめて愛してるんだ。
シンはを抱きしめた。
壊れないように、けれどもしっかりと抱き込んだ。
「最初にそれ知った時、俺ものすごくあの人に腹立ったんだ。
俺のに何してんだーって、殴りたかった。」
「な、殴ったの・・・?」
「ううん、やめた。だって、今のの彼氏は俺だから。
悔しいとも思うけど、が俺を選んでくれただけで、嬉しいよ。
だから、」
これからもずっと、俺の傍にいて。
シンはの耳にそう囁くと微笑んだ。
の顔が真っ赤に染まり、またしても涙が溢れてくる。
勢いそのままにぎゅうっとしがみついてくる彼女に、シンはやや慌て始めた。
まずい、このまま密着されていると歯止めが利かなくなる。
今は駄目なんだ、まだ。
ちゃんとしかるべき手順を踏んだ上で、そういう行為をしないと。
しかし、慌てているシンを余所に、は離れようとする気配を全く見せてくれない。
「ありがとう、シン・・・。大好き・・・・っ!!」
「う、うん。俺も愛してるよ。だから、ちょっとごめん!」
シンはべりっとを引き剥がした。
心地良い温もりと柔らかさが、幾分か名残惜しい。
けれども、今は耐えるのだ俺。
きょとんとしているに毛布を被せると、シンは部屋から飛び出した。
そしてバタンと閉めたドア越しに叫ぶ。
「シン・・・? どうしたのいきなり・・・。」
「お、俺たち気持ち通じ合ってるから!
だから、そっちの関係はもうちょっと大人になってからってことで!!」
「うん・・・?」
おやすみ! と叫んでそれきり自室に閉じこもったのだろう。
うわぁ、何言ってんだ俺とうめき声を上げている恋人に、は苦笑した。
この人を愛して良かった、自分の目は間違っていなかったと確信できた。
ずっと心中でシンに申し訳ないと思っていた罪悪感とも、訣別できた。
「愛ってすごいなー・・・。」
そんな今更当然なことに感心しただった。
翌日、元気良く家を飛び出したシンは、キラに出くわした。
さすがに昨日の今日のことなので、キラも身を硬くしてしまう。
非常に珍しいことである。
「おはようございます、キラさん!」
「え、あぁ、おはよう。・・・いつになく元気だね。」
「当たり前じゃないすか。あー今日もいい天気!」
「ねぇ、ちょっとウザイよそのテンション。人が気を使ってたらなんなのさ。
昨日は何もなかったわけ?」
シンはくるりとキラの方を振り向いた。
にやっと笑い、再び歩き出す。
なんなのだその笑みは。
キラの不機嫌さがさらに増した。
「俺とは気持ちで繋がってるんですよ。
これって、最高の関係だと思います、俺!」
シンの恋愛スキルが20ほど上昇した。
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