世の中、意外な人が子ども好きだったりします。
父性だって、ある日突然目覚めるかも?
Case12: だって退屈なんだもん
~セレブ必見? マタニティーライフ~
大好きな棒術ができなくなった。
大好きなお菓子作りがしにくくなった。
思うように体が動かせなくなった。
にとって、これらは生きていく上で必要な三大要素である。
一時的なものとはいえ、半年ぐらいできないとなると、さすがにテンションが下がる。
いや、お菓子は作れるのだが、食べる気が失せた時期があった。
元々夫はそれほど甘いものが好きでないし、メイドたちに毎日作っても太らせてしまいそうで申し訳ない。
それで、結局作るのを控えるようになった。
殊の外夫が食生活にうるさくなったのも、その一因だったりする。
子ができたと知った時から、急に父親っぽくなった気がするのだ。
新たな夫の一面を見た。
まさか、こんなにも自己管理を徹底させるとは思いもしなかった。
あれは食べるな、これは身体に良い。
本当に日中仕事をしているのかと疑いたくなるほど、イザークの子育て知識は並でなかった。
気がつけば彼の書斎にある蔵書が、民俗学の本に変わって育児書だらけになっている。
そんな信じがたいような事態も、あるいは発生しかねない。
「子ども好きには見えないのにねぇ。」
ちょっと前まで自分もすぐにブチ切れて、まるで子どもだった。
そう告げると、イザークは怒るに違いない。
昔ならば、の話だが。
余計なストレスを与えたくないのか、イザークはとても優しい。
怖いよりも優しい方が好きだが、それも度を越えるとつまらなくなる。
実際は今、ものすごく退屈していた。
「あなたは全然退屈してないみたいだけどねー。」
男か女かもわからない、というか調べようともしない胎内の我が子に、はそっと囁いた。
子どもは、今日も元気いっぱいに泳いでいた。
パソコンのキーボードを叩くのをやめ、ふと時計を見る。
そろそろジュール家では、昼食の時間だ。
はちゃんと文句を言わず食べているだろうか。
聞き分けは悪くない方だから、おとなしくしているはずだ。
棒術も一時休止しているようだし。
イザークにしてみれば、もう一生棒を振り回してほしくなかったりする。
あれに関わると、ろくなことがないのだ、本当に。
「・・・。」
名を呟けば、たちまち脳内に満面の笑みを浮かべて妻が現れる。
ひとたび彼女が出てくれば、なかなか現実世界に戻れなくなる。
いけない、これは新婚当初よりも厄介だった。
あの時も公私をしっかりと弁えている自分にしては珍しく、ところ構わず妻が出没していたが。
まぁ、あれにはいろいろと夫婦の事情があったから仕方がなかったのだ。
新婚なんてみんなそんなものだ、とイザークは勝手に定義づけている。
子育て論では多少の衝突があったが、それでもまぁ上手くいっている。
かわいそうとも思ったが、あまり無茶をして体に障りが出ても困る。
従兄に聞いたところによれば、どうやら妊娠したごく初期の頃にとんでもない大技を完成し、実際にそれを発動したらしい。
知らなかったこととはいえ、無茶はあれっきりだ。
えーやだよと不満を漏らすには、子が産まれたらまた好きにしていいといって大人しくさせた。
産後彼女がどれだけ活動的になるのか、イザークには全く見当がつかなかった。
「男か、女か・・・。」
「ジュール議員、頭の中がピンクですわよ。」
ピンクの髪を持つ議長に、ちくりと針を刺されたイザークだった。
日常よりもやや多めの夕食をとり、部屋に下がる。
エザリアもメイドたちも、料理人もみな、ジュール家に誕生するであろう新しい命を待ち望んでいた。
でもって、男でも女でもどっちでもいいから、性別を調べていないのだ。
気になるのはただ1人、イザークだけといったところか。
「ディアッカでも遊びに来ないかしら。忙しくしてるのかな。」
の中でもディアッカは、とにかく暇な人種に分類されている。
いれば飽きず、イザークと一緒にいるとさらに楽しさが倍増する。
そりゃそうだろう、ヴェサリウスの頃から合わせて3年以上も同じ釜の飯を食べ続けたのだ。
本人たちは気付いていないだろうが、彼らは最強コンビなのだ。
「あー、ディアッカー。」
「ご使命どうも。でもやめてくれな、イザークいるから。」
扉の方を見てぎょっとした。
なんだか見覚えのある人が大勢いる。
たいがい笑顔だが、イザークだけ笑っていない。
笑おうとしたところに不意打ちのディアッカの発言があったので、引きつっているのだ。
「お帰りイザーク。いきなり急なお客さんねぇ。」
「退屈しているかもしれんと思ってな。呼んでみた。」
「とか言ってるけど、実はたまたまばったり門の前で出くわしただけ。」
余計なこというなディアッカぁっとイザークが叫んだ。
アスランは2人を見て苦笑すると、やや腹の大きくなった従妹に近づいた。
「、ちゃんと大人しくしてるか?」
「もうばっちり。」
「に似てればいいけど。イザークに似たら、ちょっとやだなぁ。」
「うっわ、それ本人を前にして言う?」
「まったくだ、俺に似て何が悪い。」
イザークはアスランとの間に割って入ると、ふんぞり返って言った。
もう、自分についてとやかく言われるのに離れてしまったらしい。
実際、アスランになんて言われようと2人の結婚生活に支障はきたさないのだ。
アスランはまぁいろいろと、と口を濁すとに目配せした。
この邪魔をしてくる夫をなんとかしろと、目で訴えているのだ。
は従兄の願いにあっさりと無視を決め込むと、本棚を指差した。
アスランとディアッカは本棚を見て顔色をなくした。
なんなんんだ、あの育児書は。
一体どれだけマニュアルを読み漁っているのだ。
は小さくため息をついた。
「ね、すごいでしょ。イザークの愛読書なのよ。」
「、これに書いてあることをちゃんとしてるのか・・・・」
「まっさか。あんなのやったらストレスばっかり溜まるわよ。」
ストレス、という言葉にイザークがぴくりと反応した。
ストレスはいけない。
毎日気をつけているのに、まさかその行為が裏目に出ていたとは思いもしなかった。
「・・・、今の暮らしにストレスが溜まっているのか・・・?」
「ストレスっていうか、むしろ退屈なのよ。こんな生活初めてなんだもん。」
「ま、そりゃそうだよな。りぜるっつったら動ってイメージだし。」
「でしょ。だから暇で暇で。またのとこで何か事件ないかしら。」
他人事だと思ってのほほんと言っているが、当人たちにとってみれば大変なのだ。
それにちょっとした事件ぐらいで天下無敵の幼なじみーズが出てきては、余計な影響が及びかねない。
「・・・、俺と一緒にいるのは暇か?」
「ううん全然。イザークの傍にいると落ち着く。やっぱパパがいるから?」
「そうか。じゃあ明日からは早く帰ろう。いいなディアッカ。」
「・・・まぁ、仕方ないし?」
「ディアッカ、俺からも礼を言わせてもらうよ。
従妹夫婦のために身を捨ててくれて、どうもありがとう。」
その日のディアッカは、今までで最も輝いていた。
ちなみに翌日以降の彼は、ボロ雑巾のごとき体たらくである。
大好きな棒術ができなくなった。
大好きなお菓子作りがしにくくなった。
思うように体が動かせなくなった。
けれども不安な時も寂しい時も、喜びを共有したい時にも、傍にイザークがいるようになった。
にとっては、その一事だけが他のことよりも大切だった。
「イザーク・・・ありがとね。」
「何を今更。元気な子を産んでくれ。他は何も望まない。」
「わぁ、口説き上手。」
のマタニティーライフは、極めて良好に進んでいくのだった。
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