愛している人を愛している




 夫によく似た人がいる。
正確に言えば、夫によく似せようとしている人がいる。
惚れ惚れするほど立派な体躯は、夫の隣に立つとその威容が更に際立つ。
もうひとりの孫伯符であろうとする彼女の本当の名前は、だ。
大喬は孫策様と、愛しい人の名を呼んだ。
ぴくりと反応し振り返ったのはひとりだけ、紛うことなき夫の孫策だ。


「大喬、どうした?」
「孫策様・・・いいえ、様」
「え、私ですか?」
「駄目ですよ様。様も孫策様なのですから、ちゃんと私の呼びかけに応えてもらわないと」
「ええと、でも」



 さすがにそこまでは入り込むつもりはないというか。
そう口ごもりながら呟くの前に仁王立ちし、大喬は再び駄目ですと言い募った。
彼女がどのような覚悟を胸に孫策の影を務めているのかわからない、知らないふりをするほど薄情には生きられない。
これまでの軌跡がほんの少し違っていれば、今の自分の立場にいるのはだったかもしれない。
は今の任に就くよりずっと前から孫策を見ていたのだ。
真正面からも隣からも、背後からも見つめ続けていたのだ。
だからは孫策と同じ振舞いができる。
妻である自分との付き合い方以外は。



「それに私ももっと様と仲良くなりたいです。孫策様のことをたくさん教えていただきたいですし、知ってほしいことも山ほどあります」
「そんなにあるんですか? ・・・ではなくて、奥方はお嫌ではないのですか? 夫でもない人と夫婦のふりをするのは」
様は孫策様でしょう? 私は孫策様が好きです。だから様のことも大切です。あなたがいるおかげで孫策様や私だけではなく、周瑜様たちも守られているんですから」



 ぴくりと動いたの手にそっと自分の手を重ねる。
鍛錬の成果ではない苦難の跡が残る手は、重ねた手よりも一回りは大きい。
下から覗き込んだ顔は、孫策よりも繊細なつくりだ。
わざと日焼けして顔を汚してみたりと試行錯誤しているようだが、もう少し化粧を変えれば孫策に見た目は近付けるだろう。
今のは孫策にしては綺麗すぎる。
こんなに綺麗な孫策は湯浴みの直後でしか見られない。
同じく彼の傍に控え続ける周瑜も気付いているだろうに何も言及しないのは、に遠慮や見栄があるからだろう。
微笑ましいが、妹には何も言わないでおこう。
大喬は、えぇとと目を泳がせているをじいと見つめた。



「えと、その、可愛いな、大喬は」
「はい、よくできました! ふふ、様も今のはちょっと可愛すぎましたね。ね、孫策様」
「大喬、程々にしてやってくれ・・・」
「助けて孫策・・奥方がまっすぐ見られない・・・」


 しょんぼりと落ち込んでいるを見るのは久し振りだ。
孫策になろうと躍起になるあまり自己を失っていこうとしたが、今だけはまっさらなに戻っている。
孫策は花も恥じらう笑顔でを構い倒している大喬を見つめた。
夫に接する時とまるで変わらない妻の微笑みだった。

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