世界から身を隠して生きてきた私にようやく見えてきた明るい日常風景。
明るくいられるのは、隣にあなたがいるからだよ。














Data08:  ひとめぼれだったんだ
            ~紆余曲折の恋愛事情~












 は宇宙から地上に戻って来て以来、よく外に出るようになった。
館長の許可はきちんと取っているし、戦闘も膠着状態にあるので身元が知れなければ安全だろう。
ある日、は愛用の超小型ノートパソコンを小脇に抱え、ついでにその隣にシンを従えて外出した。
彼女の方から誘ってもらえた事でシンはものすごく嬉しそうだ。








「どこ行くの、。パソコンなんか持って。」


「あそこ。よく見えるでしょ、海も、その先もずっと。」







が指差したのは、落ちたらまず助からない強風の吹く断崖絶壁だった。
見晴らしの良さを想像しぞっとするシン。
あんな所に行きたいというに怖いものはないのだろうか。





「あれ、シン行くの怖い? だったら下で待っててもいいよ?」



「いや、全然平気だけど・・・。こそ怖くないわけ?」





 心配げに尋ねるシンに笑顔で平気だよと答える
彼女がその後にぽつりと呟いた言葉がシンに聞こえた様子はない。
この世で恐ろしい現実を間近で見てきた彼女にとって、たかが他よりも少し高い所にある崖などものの数にも入っていなかった。





























 崖っぷちにあるちょうどいい大きさの岩にノートパソコンを置き起動させる。
ポケットから取り出した、掌に乗る大きさの箱を目の前に広がる海に放り込んだ。
が何をやっているのか皆目見当のつかないシンは、黙って彼女の行動を見ているだけだ。
はパソコンの前にしゃがみこむと、ものすごいスピードでキーボードを叩き始めた。
次々と切り替わる画面についていけないシンの視力。







、今何やってんの? てかありえないよ、そのスピード。
 画面見えてる?」



「うんばっちりだよ。さっき海の中にカメラ入れたの。
 ちっちゃいから誰にもわかんないと思うよ。」





「・・・何のためにそんなの入れるの。大体その技術はどこで身につけたんだよ。
 普通に過ごしてても、俺アカデミーでもそんな事習わなかった。」





 為すべき事は終わったのだろうか。
はノートパソコンを終うと立ち上がってシンをまっすぐ見つめた。
その表情は真剣で、しかしどこか切ない。






「・・・私、シン達に会うまではこういう事ばっかりやってた。
 あの時はやりたくてやってた訳じゃないの。
 でも今は、シンやアスラン、ミネルバのみんなを守りたくて始めたわ。」



「俺はを守りたいんだ。守られるんじゃなくて、俺の力で君を守りたい。
 そう決めたんだ、に会ったその日から。
 好きなんだよ、の事が誰よりも。」






シンの言葉を聞き終わった瞬間、の顔をありとあらゆる感情が走り抜けた。
嬉しさも、幸福感も、切なさも、悲しさも、人間の持つすべての感情がそこにあった。
は寂しそうに笑うと、うつむいて言った。






「気持ちは嬉しいけど・・・、私に関わってもろくな事ないよ。」



「そんなの関係ない。俺はに惚れたんだ。ひとめ惚れだったんだよ!!
 インパルスの手の中で眠ってんの見た時その瞬間!!」





シンは叫んだ。波が岩にぶち当たる音に掻き消されないぐらいに大きく叫んだ。
だがどんなに叫んでも、彼との間には見えない膜があった。
それはが張った膜であり、触ると冷たい感じがしそうだった。






「シンはおかしいと思わなかったの? あんな戦場のど真ん中に生身の人間がいたこと。
 しかも兵士でもない、一民間人の年端もいかない女の子だったのに。」



「それは・・・っ!」






 反論しかけた口から次の言葉が出てくる事はなかった。
戦場に彼女がいたことを不思議に思ったのは事実だし、その事実が常識から大きく外れている事も確かなことだった。






「ほら、おかしな話でしょ。どうしてだったか教えてあげよっか。
 私、スパイ見習いだったのよ。」



「スパイ・・・、が・・・?」



「もう少しあそこにいたら、きっと人を欺くスパイになってたと思う。
 でも耐えられなかった。だから脱走したのよ、爆風に巻き込まれたけど。」






決してシンの方を見ようとせず、遠く広がる海の方を眺めながらは投げやりな口調で言った。
感情の起伏が見られない彼女の言葉だったが、シンは言葉の裏にあるの悲しい運命を知った。
詳しい事はわからないが、機密事項ばかりを扱う組織を無断で脱する事は、すなわち裏切りを意味している。
口封じのために何らかの形で彼女の命が危険に晒されることもあるのだろう。
は自分をその運命に巻き込みたくなかったのだ。
シンの右手がそっとの頬に添えられた。
頬にぬくもりを感じ、ゆっくりとシンの方を向くの顔。
無理に微笑もうとしているその表情は、見ていてとても痛々しく、儚かった。











「どうしてこんな事言うかわかる?
 ・・・シンを巻き込みたくないのよ、・・・好きな人には幸せになってほしいから。」











 は次の瞬間、腕をぐいと引かれた。
再び眼を開けた時、真っ先に入ったのはダークレッドのシンの制服だった。
シンはの身体を優しく抱きしめながら言った。







「1人で抱え込むなよ。俺もいるから・・・っ!!
 俺の幸せはが笑ってくれる事だし、と一緒にいることだよ。
 が危ない目に巻き込まれるんなら、俺がそこから救い出す。
 だから・・・・・・、強がるなよ・・・っ!!」




「シン・・・。」






 はシンの案外広い胸に顔を埋めた。
制服に染みが出来る。嬉しさと申し訳なさでいっぱいになって、涙は次から次へと溢れてくる。







「もう1人じゃないんだ・・・。俺もいる、悔しいけどアスランさんやさんもいる。
 もう1度・・・、新しいを始めなよ。」





は腕の中でこくりと頷くと、そっとシンから離れた。
シンが眼の淵に残っている涙を指でぬぐってやると、は恥ずかしそうに笑って、けれどもはっきりとした声で言った。






「私もシンが好き。みんなへの好きと、シンへの好きはちょっと違うって前から思ってたの。
 私、あなたと一緒なら変われる気がする。」






なんとも恥ずかしい告白を聞いて耳まで紅くなるシン。
照れ隠しだろうか、を軽々と抱き上げるとその場でくるくる回った。
間違ってそのまま海へドボンなどとはなってほしくない。
少ししてを地面へと下ろすと、彼女の紅く色づいた唇に自分のそれを合わせた。







「・・・愛してるよ、。」


「・・・うん。」






 が海に投げ入れたカメラがとんでもないものを発見しているのを知ることもなく、1組の新しきカップルが誕生した。









目次に戻る