人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまえとは言うけれど、
なんで俺があんたの足蹴にされなきゃなんないんだよ。
Data09: つながった糸
~コズミック史上最凶の男あらわる~
ミネルバ艦内がピリピリとしてきた。
近く戦況が動き出すらしいのだ。
シン達パイロットも来たるべき戦闘に備え、日々の練習をよりハードなものにしていた。
普段暇を持て余している整備のヨウランやヴィーノですら、機体のチェックに余念がない。
そのせいか、はする事がなくなってきた。
民間人がやむを得ない(フェイスの職権乱用をしただけだが)の事情で急遽にわか作りの軍人となり、
雑用ぐらいしかできる事がないという設定になっている彼女だ。
スパイ見習いだったという事実を知っているのはシンとアスランぐらいである。
下手に動こうとすると逆に怪しまれるので、今はクルーがくるくるとせわしなく動き回っている間、自分の部屋のノートパソコンの前に座り、
ひたすらあちこちに取り付けた小型カメラの映像を分析していた。
先日シンと一緒に海中に投げ込んだカメラからは時折妙に黒い物体が見え隠れするが、結局それがなんなのかはの眼力をもってしても判別はできなかった。
「何もない、のかな・・・?」
が呟いたその時、コンディションレッド発令とメイリンの声がスピーカー越しに聞こえてきた。
すぐさま廊下に飛び出すと一目散にミーティングルームへと走る。
作戦会議が終わるのを外で待っていると、少ししてシン達が中から現れた。
入口付近にいるを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくるシン。
「シンっ、気をつけて行ってきてね。・・・死なないでね。」
「が待っててくれるんだ。戻って来るに決まってんじゃん。」
「アスランの言う事ちゃんと聞いて、喧嘩なんてしないでね。
アスランに文句言っちゃ駄目よ。」
母親が息子に言い聞かせるようなの口調に呆れ返るアスラン達。
可愛い可愛い、目に入れても痛くない彼女にこうまで心配されているのは男冥利に尽きるというのか、はたまた信用されていないのか。
いずれにせよが自分の彼氏と幼なじみの仲の悪さに多大なる不安を抱いていることはよくわかる。
シンは心配げに見つめてくる、自分よりもちょっと低い位置にあるの頭を叩くと優しく言った。
「大丈夫だよ。が困るような事はしないよ。」
メイリンの、パイロットは待機して下さいという声が聞こえた。
次々とそれぞれの機体の元へと向かう4人の背中を、は見えなくなるまで見送っていた。
「アスランさんは知ってるんすよね、が何やってたか。」
それぞれの機体へと向かう途中、シンは思い切ってアスランに尋ねてみた。
自分とは付き合いだしたが、それでも彼女の中でアスランの存在はとても大きい。
昔からの親友だったという点からも、きっとは正体を彼に話しているだろう。
アスランは苦笑すると悲しそうに答えた。
「信じられないよな、スパイって職業は死と隣り合わせだし・・・。
再会できたのが夢みたいだ。」
「夢で終わらせたくないんです。
といるこの1分1秒を俺との身体にも心にも焼き付けたい。」
「・・・じゃあ、死ぬなよ。」
アスランはそう言うと、シンの背中をぽんと叩いた。
人付き合いのあまり上手とは言えない彼の、精一杯の愛情表現だった。
は艦内モニターで戦闘状況を見ていた。ザフトの優勢のようには見える。
はほっとしかけた。
が、その時、クルーの1人が叫び声をあげた。
「あれ・・・!! フリーダム!!」
「え・・・!?」
再びモニターを見つめる。青い翼を広げた無敵のフリーダム。
搭乗者はもちろんキラ・ヤマトだ。
フリーダムが縦横無尽に戦場を駆け巡る。
圧倒的な強さを前に、ミネルバはたじたじだ。
はたまらなくなって部屋を飛び出した。
自分の部屋へと駆け込むと、ノートパソコンを引っつかみ外へ出るロックを数秒で解除する。
戦闘中は出てはいけない甲板の中でも見晴らしの良い場所を見つけると、先に起動させておいたパソコンを開きキーボードに手を走らせた。
「フリーダム・・・、キラ、ごめんね・・・。
ここをいじれば威力が衰えるはず・・・!!」
訳のわからない事を言いながらもフリーダム自体にハッキングを仕掛ける。
彼女の働きのおかげだろうか、インパルスと激しい戦いを繰り広げていたフリーダムの動きが止まった。
コックピットのキラは突然の異常事態に首を傾げる。
「おかしい・・・。誰がこんなハッキング・・・。」
キラの視界に1人の少女が入った。
必死にノートパソコンとにらめっこしているようだ。
まさかこの子がフリーダムをいじくったのかと思い、かっとなってミネルバへと近づく。
頭上を巨大な何かが覆った事に気が付き、は上を見上げた。
同時にパソコン上に通信回線を開くと、そこには茶髪に紫の瞳をした、明らかに怒っている少年が映っていた。
「・・・キラ・・・。」
『どこの誰だか知らないけど、勝手に僕のフリーダムをいじくりまわさないで。
それから僕の名前も気安く呼ばないでよ。』
「・・・っ!!」
何も言い返せなかった。
どこの誰だか知らない人、気安く呼ぶな。
目の前で、今まさに自分を倒そうとしているのは間違いなくかつての幼なじみ、キラ・ヤマトなのに、
5年という歳月は2人にとってはあまりにも長すぎた。
この緊迫した状況を見たアスランは、2人の間に割って入ろうとした。
が、彼の前に2人の方へすっ飛んで行った機体があった。
インパルスである。
「っ!!」
『・・・?』
シンの叫び声にキラがピクリと反応した。
改めて憎むべき少女を見やる。
シンはキラの態度に気付くこともなく、ひたすらの名を叫び続ける。
「! どうして外に出てるんだ!!
危ないからすぐに中に入る・・・・・・・。うわぁっ!!」
に近づこうとしたインパルスがフリーダムのけりをモロに食らって吹っ飛んだ。
「シンっ!!」
悲鳴を上げたの身体はふわりと宙に浮いた。
いや、浮いているのではない。
フリーダムの手の中に入れられているのだ。
変に落ち着いた声で、キラの声がした。
「・・・君は、・なの? そうなの?」
無言のままのを見かねてアスランがキラの前に立ちはだかった。
こうなった以上、戦闘云々の話ではない。
「キラ、いいから彼女を渡すんだ、さぁっ!!」
「アスラン・・・。」
「アスランがそんなにムキになるって事はやっぱりなんでしょ。
僕達の大好きだった、幼なじみの、そうでしょ。」
キラに対して口を開こうとしないだったが、彼はそれを肯定と受け取ったのだろう。
を潰さないように手中に収めると、高く舞い上がった。
キラに連れて行かれると悟ったは大声を上げてアスランとシンの名前を呼ぶ。
「やだっ、離して、降ろしてキラ!! 私はシンの隣にいたいの!
アスランやみんなと一緒に笑っていたいの! 離して!!」
「くっそ・・・、あぁ!? !! !!」
体勢を立て直したシンが必死にを呼び続ける。
撃とうにも撃つことのできない状況に悔し涙が流れる。
を乗せたフリーダムは、小さくなっていった。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉっーーーーーーーーーーーーー!!」
戦場にシンの雄叫びが響き渡った。
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