少しずつ好きになる。
だから、そんな私を見守っててくれる?
白馬は誰が姫を乗せる 10 好きなのは
大好きなの。そう呟いたを、趙雲は無言で見つめ続けた。
白馬を撫でる手はとても優しく、温もりに溢れている。
ほんの少し愛馬が羨ましくなるほどに魅かれる動きだった。
「涼州にももちろん白馬はいたんです。私が嫌いだったのは、母を殺した盗賊が乗っていた白馬でした」
「そうだったのか・・・」
「兄上とは腹違いなんです。気付いてはいただろうけど」
「似ては・・・・・・いないからな」
似なくていいですよあんなド派手な色してる兄上となんか。
はさらりと兄の容姿を否定すると、馬の目を覗き込んだ。
血まみれの戦場を駆け巡っているとは思えないほど、獣の目は綺麗だ。
今が乱世だということすら知らないのかもしれない。
白馬が小さくいななき、の頬に頭を摺り寄せた。
「私、甘えてたんだと思います。何ひとつ自分では解決できない癖してしゃしゃり出て。結局は兄上や趙雲殿、果ては劉備様の手まで煩わせちゃうんだもん。悪い女だ」
「確かに、殿は少しどころかかなりの無茶が好きなようだな。だが」
悪い女ではない、と趙雲は笑いかけた。
少なくとも、自分から見ればこの少々破天荒な娘は『いい女』の部類に入ると思う。
馬超ではないが、馬が好きな奴に悪い人間はいないのだ。
それに大人しく猫を被って上っ面だけの笑みを見せてくれるよりも、素を見せてくれた方が気持ち良くもある。
「そうですか、ね?」
「私はむしろ、殿は『いい女』だと思っているが」
「い・・・っ!? いやだ趙雲殿、そんなこと言っちゃうと私本気にしちゃいますよ!?」
真っ赤に頬を染めて趙雲の顔を見上げる。
はははと爽やかに笑っている奴が小憎たらしく映る。
自分だけムキになって、なんだかそれってすごく気分が悪い。
趙雲の綺麗な表情をなんとか歪ませたくて、彼の頬をつねろうと背伸びした。
が、目標はまだまだ頭上高くにあり届かない。
「殿はいつでも一生懸命だな」
「そうさせてるのは誰です、かぁっ、届いた!」
背伸びというか、ほとんど飛び上がったの腕が趙雲の額に直撃した。
べしっと、だが案外重い音がして趙雲が背後にのけぞる。
は隙ありっと高らかに叫ぶと趙雲をそのまま飼料の中へと押し倒した。
「おほほほほ、敵将、馬が討ち取ったり!」
「殿・・・、今のは武人としてあるまじき行い・・・」
「そんな兄上みたいに堅苦しいこと言っちゃ嫌よ趙雲殿。男なら潔く負けを認めなさい!」
仰向けになった趙雲の前に仁王立ちし、は笑い声を上げた。
服に馬の毛やら藁やらがくっついているが。まるで気にした様子はない。
元々飾ることが好きではないのだろう。
装飾品どころか化粧すらそれほどしていないように見える。
飾ればもっと美しくなろうものを、やはり馬に囲まれた生活だとそれを気付かずままに、花の乙女時代を終えてしまうのだろうか。
趙雲はを見上げ、小さくため息をついた。
「・・・わかった、私の負けだ。恐れ入った、殿」
「女だからって甘く見ちゃ駄目ですよ?」
「では甘く見るのはやめにしよう」
「へ?」
趙雲は起き上がると同時にの右腕を引き寄せると、彼女の身体を自身が倒れていた飼葉の上へと落とした。
先程よりも草まみれになったは、訳がわからず目を丸くしている。
しかし再び趙雲を見上げる格好になってしまったことに気付くと、悔しげに眉を顰めた。
「少しは手加減してくれたっていいじゃないですか。私一般人ですよ!?」
「甘く見ないようにしただけだが」
「大人げない人なんですね、趙雲殿は」
「殿といると子どものようになってしまうようだ」
趙雲はを助け起こすべく手を差し伸べた。
躊躇いがちに重ねられた腕を、今度は立たせるために引き寄せる。
勢いが良すぎたのか、はたまた故意にそうしたのか、がぴたりと趙雲の胸に顔を寄せた。
やんわりと引き剥がそうと試みるが離れないことから、意思あっての行動なのだと知る。
「・・・殿、これはまたどういった悪戯かな? 馬超殿に見られたらまずいのでは?」
「見てもらって全然構わないんですけどね。いい男に寄り添って何が悪いんだって言ってやります」
「随分な評価をもらったな」
冗談交じりに言うと、はにこりと笑って趙雲の耳に少しでも近づくようにと爪先立ちになった。
そして、密やかな声で囁きかける。
「いい男を好きになってもいいですか?」
「・・・は?」
「だから・・・っ、趙雲殿のことを好きになってもいいですかって訊いてるんです!」
初めは兄の同僚。
それだけの存在に過ぎなかったのに、たった一度の救出劇でときめき、恋心を抱くようになるなんて。
きょとんとしたままの趙雲からぱっと離れると、は今度白馬に乗せてくださいねーと叫び厩舎を飛び出した。
残されたのは、いきなり年頃の少女に告白されて逃げられた趙雲のみである。
「・・・本当になんというか・・・・・・」
困惑した表情を浮かべているものの、彼の顔はしっかり赤く染まっていた。
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