うふふふふ、兄上たちにまた隠し事できちゃった。
気付かないだろうなぁ、気付いたら卒倒するだろうなぁ。
白馬は誰が姫を乗せる 終 白馬に乗ったお姫様
ふんふんふんと鼻歌を歌いながら髪を整える。
いくつかある髪飾りを交互につけ、銅鏡と睨めっこを繰り返す。
納得のいくものに出来上がったのか、は鏡の中の自分ににこりと笑いかけた。
普段はほとんどしない化粧もした。
同じく滅多に身につけない髪飾りまでした。
もっとも、今日の逢瀬にちゃらちゃらしたものは邪魔になるだけなのだが。
「兄上知ったらびっくりするだろうなー。でもどうせ驚かすんなら、心臓止まらせるぐらいのことして驚かせよ」
は1人そう呟くと、軽やかに屋敷を飛び出した。
どうして彼女は新しい馬をこれにしたのだろうか。
趙雲はふと、愛馬の隣で大人しく主の到着を待っている馬を見つめた。
これがいいと言った時の馬超の顔が忘れられない。
何言ってんだお前という顔で妹を凝視していた。
お前本当に俺の妹かと口走ったせいで、痛烈な肘鉄を食らってもいた。
しかし、それほどまでに驚くべき奇行、いや、快挙だったのだ。
今までずっと白馬は嫌いだ憎いわと喚いていた彼女が、自ら白馬がいいと申し出たのだから。
『兄上知らないの? 白馬って本当はすごくかっこいいのよ!』
そう高らかに白馬を誉めそやしていた時の彼女は輝いていた。
眩しいとさえ思えたものだ。
そのまばゆい少女と今日遠駆けに行く。
誘ったのは自分だ。今思えば、それを切り出した時の頭はどうかしていたのかもしれない。
「・・・やはりおかしかったのだ・・・。でなければどうして私が殿を・・・」
「あっ趙雲殿!! 私遅れちゃいましたか!?」
「殿」
いつもよりもほんの少しだけ小奇麗にした少女が駆けてくる。
綺麗は綺麗だが、きちんと今日の目的を理解しているからだろう、派手で華美な装いではない。
は与えられた馬に近づくと、何の躊躇いもなく頬を寄せた。
「待たせてごめんね。でも今日はいつもよりも気合入れてきたんだもん、許してね」
「殿、たかが遠乗りでそこまで気合を入れなくてもいいだろうに」
「あら、でもせっかく趙雲殿が誘って下さったんですもん。私嬉しくって!」
にっこりと満面の笑みで言われ趙雲はたじろいた。
やはり、あの時の自分はおかしかったのだ。
そうでなければ、同僚の妹を進んで誘ったりはしない。
(だが・・・・・・、楽しみではある。だから今日は異常に早く来てしまった・・・)
趙雲はどうにもわからなくなった頭を必死の思いで切り替えると、すでに出かける気満々になっているに出発を告げた。
すごく楽しみですきゃーと叫びつつも見事な手綱捌きを見せると並び、趙雲は馬を走りに走らせたのだった。
人家もまばらになってきた辺りで馬を休める。
心地よい風が吹くなか、は草の上にごろりと寝転がった。
「・・・殿、せっかくの装いが汚れてしまうのでは」
「うーん・・・。でも、どうせ私が大人しくしててもボロが出ますし。それに、自然でいる方が私は好きです」
「そう、か」
粗野と言ってしまえばそれだけかもしれない。
ずぼらなのかもしれない。
しかし趙雲は不快には思わなかった。
以前と同じく、彼女のことを好ましいと思えた。
どこがそう思わせる所以なのかはわからなかったが、今までこれほどまでに緊張することなく接することのできた女性はいなかった。
「趙雲殿、今日は本当に誘って下さってありがとうございました。私、お誘いいただいた時驚きすぎちゃって」
「私も、なぜ殿を誘ったのかよくわからぬのだ」
「へ?」
「気が付けば誘っていたというのが本音だ」
「・・・楽しくなかったですか? 本当は私なんかと来たくなかったですか? 実は兄上誘うおつもりでした?」
「いや違う。とても楽しみにしていたのだ。現に今日、殿と来れて良かったと思っている」
元気を失くし寂しげな口調になったに、趙雲は慌てて弁解を始めた。
彼女の悲しそうな顔など見たくないのだ。
しかも、自分のせいでそんな表情にしてしまったなどもってのほかだった。
「殿、そのような顔にならないでくれ。私は殿の笑っている顔が好きなのだ。
できることならば、いつでもその笑顔を見ていたいとも思っている。だから頼む、笑ってくれ・・・」
「・・・笑ってない顔にさせたのは趙雲殿ですけど。もう、駄目ですよあんなこと言っちゃ。『なんで誘ったのかわからない』とか言われたら、どんな女の子だって泣きます」
「な、泣いたのか殿!?」
「・・・趙雲殿、私の顔よーく見て下さい。どこに泣いた跡ありますか?」
ぐっと突き出された顔に趙雲は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
涙などどこにも見当たらない悪戯っぽい笑みを浮かべた顔が目の前にある。
私の大好きな笑顔だ。
趙雲はそう呟くと、無防備なの肩に手を置いた。
その瞬間ぴしりと固まった彼女に構うことなく顔を近づける。
唇が触れる直前、趙雲は硬直しているに微かな声で尋ねた。
「・・・私も、殿を好きになっていいだろうか」
「笑顔だけじゃ・・・、嫌ですよ?」
当たり前だとでも言わんばかりに、趙雲はの唇に己のそれを重ねた。
最近趙雲が上機嫌らしい。
そんな噂を聞きつけた馬超は、噂の真相を確かめるべく訓練上がりの彼を直撃取材した。
「最近機嫌がいいらしいが、何かあったのか」
「いや別にどうということはないが」
「嘘をつけ。俺をにやけた顔で見るな。それともなんだ、俺の顔に何か?」
「いや別にどうということはないが」
「しらばっくれるな! ・・・あ、さてはお前女でもできたな!?」
趙雲の足がぴたりと止まった。
図星かと気を良くした馬超は、さらなる聞き込みを開始する。
「相手はどんな女だ? 女官か、それとも・・・」
「女官でも武将でも兵でもない。そうだな・・・、白馬に乗った姫君とでも言おうか」
とある確信を持って馬超をにやりと見つめる。
対象の人物の絞込みにあっさりと成功したらしい馬超の顔がさあっと青ざめ、かと思ったら真っ赤になる。
「ち、趙雲殿! おまっ、まさかうちのを・・・!」
「そこまでは言っていないだろう、義兄上」
「い、言っとるわ! お、俺は認めんぞ「あっ、趙雲殿!」ぉう!?」
心臓ショックのためか地に倒れ付した兄を軽々と飛び越え、白馬に乗る姫君が趙雲の元へと駆けていった。
ー完ー
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