ふ、不意打ちって結構どきどきするんだからね!
・・・まぁ、感謝はしてるけどさ。
白馬は誰が姫を乗せる 8 荒れる兄上
視界が赤く染まり、は悲鳴を上げた。死んだと思った。
馬の中で生まれ育ちろくな人生も歩まず、好きな人も作らずに死んだとばかり思っていた。
劉備にはやっぱり変な子だと思われたまま、乙女の儚い一生を終えたと勘違いしていた。
兄上と呟いたその言葉が声となって出たことに驚き、目を見開いた。
「殿!」
「兄上・・・じゃない、趙雲殿?」
がくがくと肩を揺さぶられ、はようやく現実に返った。
汗と血の匂いが混じる趙雲の肩越しに、人であったものが転がっていた。
そしてその隣には、が最も苦手とする光景が広がってもいた。
「――――――――・・・っ!!」
「殿っ!? どうした、どこか怪我をしたのか、それとも・・・!!」
「嫌・・・っ! 白馬は、嫌・・・・・・っ!!」
趙雲の胸に、肩に暖かな柔らかい体が押しつけられた。
皺ができるほどにきつく服を掴み顔を埋めている。
嫌だ、怖いとうわ言のように言葉が漏れる。
突如として豹変した少女に趙雲は困惑した。
かたかたと小刻みに身体を震わせている彼女が、とても弱く思えた。
けらけらと笑い明るく溌剌とした姿は、影を潜めていた。
何が彼女をこうさせたのかと思い、趙雲は首だけを動かして辺りを見回した。
戦いこそしなかったものの、戦場を駆け抜けてきた彼女だ。
今更死体が怖くて泣き出すようなガラではないはずだ。
ふ、と趙雲はの言葉を思い出した。
初めて会った時から白馬がどうとか言っていた。
まさか今回もそれなのか。
趙雲は愛馬へと目を向け、そしてもう一度を見つめた。
何の因縁だか知らないが、馬という馬を愛する彼女が白馬だけ好きになれないのがひどく不憫に思えた。
誰が彼女をこんな体質にさせたのだと憤りもする。
「殿、しっかりするんだ。もう大丈夫だ、あなたを脅かす連中はいない」
「・・・行かないで、私を1人にしないで・・・・・」
ますます強くしがみついてくるに、いよいよ趙雲は焦った。
どうすればいいのだ。赤子の世話はできるが、こんなに大きな子どもの世話は管轄外なのだ。
彼女の言っていることの意味さえもわからない。
頼むからそんなに苦しげな声を出さないでくれ。
1人で抱え込まないでくれ――――――。
の震えが止んだ。
体が固い、けれどもほっとする温もりに包まれていた。
どうなっているのだろうと目だけを動かし、趙雲に抱き締められていることに気がついた。
いや、抱き締められているというよりも、あやされていると表現した方が的確かもしれない。
「趙雲殿・・・・・・」
はきゅっと趙雲の服を握り締め直した。
狂気染みた力で掴むのではなく、安心しきった身体を彼に預けるために。
と趙雲は、大声を上げた馬超が突撃してくるまでのほんのひと時、心を通わせたのだった。
馬超は今度という今度は本気で妹を叱った。
知らなかったとはいえ、どうしてそんな無茶をする。
軍を出す前に趙雲がたった1人で厄介な連中を始末したから良かったものの、一歩間違えればあの世逝きだったのだ。
これで怒らない兄がどこにいるというのだ。
しかも、自分が知らぬ間に趙雲と親密になりおって。
趙雲はいい男だが、それととの仲の良さについては別問題なのである。
「謹慎だ、家で大人しくしていろ」
「やーよ、兄上は私に死ねって言ってんの? 外で動かないと私おかしくなっちゃう」
「危険な所にしか行けないお前を外に出せるか」
「行きたくて行ってるんじゃないもん。それに、知ってたら行かなかった」
「当たり前だ!!」
馬超はぶうたれるを一喝した。
びくりとして肩を竦ませる彼女を眼光鋭く睨みつける。
死の危機に晒されても、そううまく颯爽と王子様が現れ救ってくれはしないのだ。
「家にいて大人しくするのも勉強になると思うがな。岱だってそれがいいと言っている」
「家で何するっていうの。なーんにもないじゃない」
「花嫁修業でもすればいいだろう。嫁にやる気はないが、少しぐらいは」
「でも星彩だって何もしてないし、いつも関平殿と一緒にいる」
馬超は妹の交友関係に少し寂しくなった。
よりにもよって星彩とは。別に彼女が悪いとは言ってないし思ってもいない。
張飛の娘だからか、なかなかに負けん気が強い少女だ。
戦場で生きると決めている彼女が花嫁修業などするはずがない。
星彩の場合はそれでいいと馬超は思っていた。
だが、は違うのだ。
彼女は武人ではないし、ましてや戦場とは無縁のただの小生意気な小娘だ。
星彩と同じにしては、そもそもがいけないのだ。
「・・・どこで育て方を誤ったか・・・」
「別に兄上にあれこれ育ててもらった覚えはないしー」
言っている傍からいそいそと脱出経路を探しているの頭に、軽く拳骨を落とした馬超だった。
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