わ、私は悪くないもんね。
向こうが勝手に襲いかかってきて・・・・・・!?
白馬は誰が姫を乗せる 7 それは王子か悪夢か
馬超の元に竹簡が届けられた。成都にいるからの文である。
簡潔に無駄なことには一切触れていない内容だが、馬超は久しく見ていない妹の消息に胸を撫で下ろした。
とりあえずは無事に暮らしているらしい。
人に迷惑をかけたり勝手に人様の馬に乗ったりもしていない。
彼女の品行方正な暮らしぶりに、馬超は妹の成長を感じた。
昔はすぐにあちこちへふらりと出かけ家の者を心配させていたじゃじゃ馬だったというのに。
やはり、成都という大都市で生きれば多少の生活習慣は改善されるのだろう。
そのうち、どこの名家の姫君にも負けない淑やかな女性になるかもしれない。
黙ってさえいれば充分に愛らしい妹なのだから、縁談などもどっさりと来るはずだ。
「・・・お、俺は許さん! がどこの馬の骨ともわからん男の下に嫁ぐなど!」
「従兄上、独り言はぼっそりと呟くものです」
昼間から馬鹿でかい声で叫ばないで下さい暑苦しいと、馬岱はそれこそぼそりと呟いた。
兄妹揃って考えが浅いというかなんというか。
文の終わりに書かれていた言葉に、一抹どころかかなりの不安を覚えた馬岱だった。
『趙雲殿の隙を突いて、兄上たちの所に遊びに行くね』
趙雲の元に良からぬ知らせが届いた。
いや、武人としては働きの機会が得られて喜ばしいことなのかもしれない。
しかし、たとえ小規模であろうと戦は好ましいものではなかった。
「堤防へ続く隘路か・・・。馬超殿の手持ちの兵も少ない・・・」
最近馬超軍が丹精込めて作り上げた堤防を、夜な夜な破壊している犯人たちの居場所がわかった。
諸葛亮の予測どおり魏の手の者たちの仕業だったらしく、趙雲はそれを駆除するように命じられたのだ。
「馬超殿に殿の近況も教えてやるとするか・・・」
戦闘自体はそれほど大きなものでもないので割と安心できる。
連中を退治すれば馬超の仕事もすぐに終わるだろうし、そうなると必然的にのお守りからも解放される。
趙雲はが嫌いなわけではなかった。ただ、扱いに困っていたのだ。
自分などに預けず張飛の元にでもやってほしかったりする。
「・・・趙雲殿。を見かけませんでしたか?」
背中から声をかけられ趙雲は振り返った。見ると弟子の星彩が困った顔をして立っている。
といっても彼女は喜怒哀楽の表情が乏しいので、それを判別するのは難しいのだが。
「いや、私もちょうど探そうとしていた・・・。朝から見ていないので星彩と一緒にいるのだろうと思っていたのだが」
「・・・本当に行ったのかしら、・・・」
星彩は小さく呟くと趙雲に紙切れを差し出した。
それに書かれた文を見た瞬間、趙雲の顔から色が落ちた。
は久々の遠駆けを楽しんでいた。
兄から言い渡されていたものの、このまま大人しく趙雲に見張られ(お守りされ)ながら帰りを待つことなどできなかった。
大体なぜこの年で子守りをされなくてはならないのだ。
1人で馬家の屋敷で兄たちの帰りを待つことぐらいできるのだ。妹を舐めんな。
はそれらの文句と愚痴を言うためにも馬を走らせていた。
趙雲も最近は安心しきったのか、それほど構ってこなくなった。
逃げるなら今である。
書き置きだけ残してさっさとトンズラしたことに少々の罪悪感は抱いたものの、今更引き返そうとは露とも思わないだった。
「兄上たちびっくりするよね、まさか本当に私が来ちゃったら」
益州特有のくねくねとした道を走っていたは、足元に転がってきた小石を目にして馬を停めた。
よく耳を澄ませると、何か大きなものがゴロゴロ転がってくる音がする。
土砂崩れだと察知したは、前だか後ろだかわからないがとにかく岩を避けるべく退避した。
この土砂崩れが自然発生でないことは理解できた。
そうでなければ、行く手を阻むように都合良く岩が落ちてくるはずがない。
「やっだ、これってちょっと前に兄上が行ってた人たちの仕業?」
は動揺している馬を宥めるとどうしたものかと首を捻った。
いるとわかっている敵に背中を向けるのは自殺行為だし、かといって彼らと渡り合えるほどに強くもない。
趙雲の陣営にいる間にほんの少し槍の手ほどきを受けたが、あれはまだ遊びの程度で我が身を守れるだけの技量は身についていないはずだ。
強行突破という手段もあるにはあるが、果たしてこの馬がついて来られるかどうかについても自信がない。
「・・・ちょっと! 用があるんなら顔出したらどうなのよ! ないんだったら私先行くからね!」
見えざる敵に啖呵を切ると、全力疾走させるべく馬の腹を強く締め直す。
行くわよとかけ声を上げいざ走り出した直後、の体が中に投げ出された。
なんでと思い愛馬へと視線を移し、目を見開いた。
馬首に突き立った一本の矢と、そこから流れ出る鮮やかな赤い血。
咄嗟に受身の態勢は取ったものの難い地面にしたたかに体を打ちつけたは、自身の周囲に音もなく降り立った男たちを無言で睨みつけるしかなかった。
「・・・の身内か?」
「人質にすればさしもの錦馬超も手は出せまい」
差し伸ばされた腕をは気力だけで振り払った。
懸命に立ち上がろうとも試みるが、打ち所が悪かったのか思うように体が動いてくれない。
近寄らないでと叫ぶも、蹴りを入れられれば抵抗すらできなくなる。
「威勢の良さはさすがは武門、馬家といったところか」
嘲笑にも取れる笑みを浮かべた男は、の体を引きずり上げた。
その男の暗く光った目を見たの脳裏に嫌な思い出が蘇る。
助けて。小さく呟いた瞬間、の視界が真っ赤に染まった。
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