いつもべったべたにしつこい兄上が、いなくなるんだって!
出先から無理やり帰ってきそうで怖いんだけどね。






白馬は誰が姫を乗せる          6   突貫工事にはご用心











 は久々に難しい顔をしている兄を見ていた。
いつでもどこでも割と能天気な思考と表情をしている兄である。
そんな兄が、今回はいったい何で悩んでいるのだろうか。
は馬超の隣に控えている従兄に耳打ちした。





「ねぇ、兄上はなんであんな顔してんの?」
「従兄上が指揮していた堤防がことごとく決壊するんですよ。そのことで諸葛亮殿から指摘されて」
「兄上の性格じゃ、まともな堤防なんてそうそう楽にはできないでしょ」
「ええまぁ。それで、きちんと完成するまで私と従兄上は堤防にいるようになったんです。従兄上の兵については、趙雲殿が面倒を見ておいてくれるそうですが」






 は相変わらず一点を見つめたまま微動だにしない兄を見やった。
目の前で手を振っても反応がない。
兄上と耳元で大声で叫び肩を揺さぶって、ようやく我に返る始末である。





「おぉか・・・。実は俺はな」
「うん、岱兄上から聞いた。堤防が壊れたんならまた作ればいいじゃない。諸葛亮様に何言われたかは知らないけど」





 違うのだ、と馬超はぼっそりと呟いた。
馬超いわく、今回の堤防の一件は別の何かが絡んでいるかもしれないらしい。
検証してみると、工事のし損ないで起こった決壊ではないというのだ。
蜀にとってはとても歓迎しがたい連中が馬超の駐屯地付近にうろついている。
それが諸葛亮の考えだった。
事が沈静化するまで堤防周辺を警戒してもらいたいとの話を受けた馬超は、当然のごとくにそれを了承した。
しかし後になってよく考えてみると、自分と馬岱が出払っている間、馬家には1人しかいない。
馬超は途端に不安になってきた。
成都の治安を案じているわけではない。
ただ、1人きりにしたくなかった。
いかに屋敷にそこそこの人数の使用人がいようと、離れた場所に置きたくなかった。
彼女のみに何かあれば、死んだ父と彼女を庇って殺された彼女の母親に申し訳が立たない。





「裏に何かあるなんて、そんなの兄上が一番嫌うことじゃない。いちいち考えてる暇があるんなら、さっさと堤防作ればいいでしょ」
「俺や岱が向こうに行っている間に、お前の身に何かあったらと思うと不安なのだ」
「やっだ兄上何言ってんの? ここ成都よ? 涼州とか潜伏先じゃないんだから、んな心配要らないって」





 けらけらと笑いながら否定するに馬超は憮然とした。
兄がこんなにも心配しているのに、なんと能天気な妹か。
せっかく兵たちと一緒にのことも頼むと趙雲に言ったのに。
本当に兄の心妹知らずだ。
自由奔放に育てすぎたのかもしれない。
武門の家柄の姫君だろうと、もう少し淑やかに、従順に育てておくべきだったと馬超は今更になって後悔した。





、とりあえずお前のことは趙雲殿に頼んでおいたからくれぐれも迷惑をかけないように」
「は、ちょっと待ってよ。私は1人で平気なんだから、わざわざ趙雲殿みたいな忙しい将軍の手を借りなくてもいいって」
「兄の言うことをたまにはすんなりと聞いてくれ。それに、趙雲殿の元に通ったら星彩や関平にも会いやすいぞ。趙雲殿はああ見えて子どもの扱いには長けてるからな」
「私をいくつだと思ってんの。子どもって言われるほど餓鬼じゃないんだけど兄上」
「はいはいそうですね、はいつまで経っても私にとっては可愛い可愛い従妹ですよ」
「答えになってない岱兄上。もういいわよ、どうせ行くんだからこの際戦い方も教えてもらうんだから」
「待て、別に武芸を磨く必要はないぞ」





 何習おっかな、槍・矛・弓とかいいかもとはしゃいでいるの耳に、馬超の諌めの言葉は入っていなかった。















































 趙雲は自分の幕舎に突如として現れた少女に目を見開いた。
馬超から妹の事を頼むとは言われていたが、まさかこんなに素直にやって来るなんて。
というか、どう面倒を見てやればいいのだ。
白馬に乗ってる自分を見たら、発狂してしまうんではなかろうか。
特に何も悪いことはしていないのに、ものすごく嫌われてしまうんではなかろうか。
趙雲がの扱いに困り果てているとも知らず、はよろしくお願いしますと深々と頭を下げていた。






「馬超殿から話は聞いている。退屈だろうが、好きに過ごしてくれ」
「お邪魔にはならないようにします。いないと思って下さって全然構いません」
「・・・そのように堅苦しくしなくていいのだが・・・。しかし馬超殿もなぜ私に・・・」
「子どもの扱いに長けてるからだそうですよ、失礼しちゃう」


殿は子ども・・・ではないな」





 当たり前ですその気になればお嫁にだって行けますとぶすくれている少女に、趙雲はますます引きつった笑みを見せるのだった。









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