同僚にこんな綺麗な子がいるなんて初めて知ったわ。
兄上が変な気起こさないかもう心配で心配で。






白馬は誰が姫を乗せる          5   美形天国










 女性や子どもの泣き叫ぶ声。
この子だけは殺さないでと哀願する母親と、直後に響き渡る悲鳴。
馬蹄の音が大地を鳴らし、地面に転がる人々を踏みしめる。
じっとりと両手に感じる生々しい紅い温もりと臭いが鼻を刺激する。
恐怖のあまり両目を見開いたまま、鈍く光る凶器が振り下ろされるのを見た。
白馬に転々とこびりつくのは、母であった人が流した血。
どがっばきっと人を殴る音とかその他諸々が聞こえ目の前が真っ暗になる。
次に目を開けた時には、大丈夫かと心配げな顔で見つめている兄がいた。
思えば、今まで生きてきた中でその時の兄が一番かっこよかった。
そしてその日初めて、はこのやたらと強い少年が自分の腹違いの兄だと認識した日であった。





「・・・って何をぶつぶつ言ってるんだお前は」
「いや、ただなんとなく。はー、昔の兄上は他のどんな人よりも輝いてたのに」
「今の俺は輝いていないというのか!?」





 どうなんだと絶叫する兄からはそそくさと離れた。
そりゃ輝いているに決まっている。
そのふざけた兜を被れば、どんなに地味な男だってキラキラと派手になる。





「そういえばは青毛の馬にしたのか。絶影とお揃いだな!」
「まぁね。あ、趙雲殿って人に会った。兄上の同僚なんでしょ? ものすっごく爽やかな人ね」
「・・・、趙雲殿に余計なこと言ってないだろうな」
「私だって礼儀はわきまえてますからね、ちゃーんと挨拶したってば」





 お散歩してきまーすと言って部屋を出た妹の背中を馬超は見送った。
趙雲の愛馬は白馬である。
は、たとえ誰が乗っていようが白馬だけは忌み嫌っている。
彼女の過去を思えばそうなっても当然なのだろうが、それを知る者は少ない。
もちろん趙雲は知らないのだから、もしもが彼の馬は白馬だと知れば厄介になる。
いや、もしかしたらもう既に厄介事になっているかもしれない。
本人が気付いていないうちにぽろっと白馬は嫌いだとか何とか言っている可能性も多分にあるからだ。
伊達に兄をやっているわけではないのだ。
妹の言動ぐらい大抵の予想は立てられる。





「・・・それとなく趙雲殿に謝るか」




 可愛い可愛い妹のためなら、多少の労苦も厭わない馬超だった。

























 成都はが想像していたよりも遥かに大きな街だった。
劉備に連れられて成都の門をくぐった時は、兄との突然の再会で頭がいっぱいいっぱいになったために周囲を見ることができなかった。
しかし実際に住むようになると、はこの街で都市生活を送ることができるか不安になってきた。
馬と触れ合いまくる日常ぐらいしか知らないのだ。
涼州にだってそれなりの市場などはあったが、人の多さは成都の比ではなかった。
故郷の何倍もの人が住んでいるであろう中、無事に我が家まで帰れるか知れたものではない。
兄には散歩してくると言ってきたが、実はどこに何があるのかわからないのが現状である。
いくら治安のいい成都だって、ちょっと人通りの少ない裏通りに入ればいろいろ危ない事件も起こっているという。
その点はきつく兄と従兄から注意するように言い渡されているが、にしてみればその危ない裏通りへの行き方もわからないのだ。
彼女が知っているのは厩舎と、緊急連絡先となっている兄たちが武術の鍛錬をしている兵舎ぐらいである。







「下手に動いて迷子になるのも勘弁したいしな・・・」





 結局足が向かうのは、大好きな馬がたくさんいる厩舎。
人様の馬に乗るつもりはさらさらないが、見るのはタダである。
殿の的盧とかぜひとも見てみたいものだ。
本命はもちろんかの名将関羽の操る赤兎馬だ。
飛将呂布も乗っていた馬というのだから、さぞかし立派な姿をしているのだろう。
そんじょそこらの男どもよりも魅力があること請け合いである。





「絶影も新しい環境には慣れたかな?」





 厩舎へ行くとそこには既に先客が2人いた。
とそう歳の変わらない若い男女である。
手にはよく切れそうな矛とかを持っているが、兵卒には見えない。
むしろ一軍を率いていてもおかしくない出で立ちをしている。
厩舎の中に入ろうにも彼らがいるため思うようにいかず佇んでいると、ふと少女がの方を向いた。
ばちりと目が合い妙な沈黙が流れる。
おそらく、いや眼光の鋭さから確実に将だろうと思い会釈すると誰、と短く尋ねられた。





「見ない顔だけど・・・誰?」
「あ・・・、最近こちらにお世話になりだした馬超の身内の者で馬って言います。えっと・・・?」





 少女の瞳から警戒の色が消えた。
そう、あなたがと呟くと隣の青年を顧みる。
青年はの顔を見て、怪訝そうに首を傾げた。





「・・・星彩、馬超殿の妹は確か死・・・」
「関平、それは馬超殿の勘違いだったのよ。この間趙雲殿も殿に会ったっておっしゃっていたわ」






 星彩と呼ばれた少女はの方へと向き直った。
警戒を解いたとはいえ無表情なので、は自分がどういう顔をすればいいのかしばし悩んだ。





「私は星彩。父上と一緒に殿にお仕えしているの」
「父上?」
「張飛よ」





 の頭がめまぐるしく動き始めた。
張飛といえばどんぐり眼に虎髭で有名な猛将である。
そんな美しさとはかけ離れた親から生まれたのが目の前の美少女とは。
いやいや全然似ても似つかないどうやったらこんな可愛い子生まれてくるんだろう。
ぶつぶつと呟いていると、星彩が小さく笑った。





「あなた面白い人ね・・・。仲良くなれそう」
「拙者も星彩と同感だ。拙者は関平、殿よろしく」





 笑顔で差し出された星彩の柔らかな手をは握り締めた。
右も左もわからない土地で初めてできた友人だ。
しかも一気に2人も。
どこを面白いと感じられたのかはわからないが、その評価は嬉しかった。





「あ、そういえば関平殿。さっき何か言いかけてたよね、私は確かなんとかって。あれ何?」
「あれは・・・、うん、殿は気にしなくていいんだ。拙者が言い間違っただけだから」





 まさか本人に対してあんた死んでるって兄にみなされてたよとは言えない関平は、無理やりにこしらえた笑みを浮かべて誤魔化したのだった。








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