私、馬は大好きよ。
草原を疾駆する青毛の馬とか、ほんと憧れちゃう。






白馬は誰が姫を乗せる          4   厩舎で出逢う










 は肩で大きく息を吐くと、地面に這いつくばっている兄を見下ろした。
何が感動の再会だ。誰のせいで死にかけたというんだ。





「・・・無事仕官できたようで何よりね、兄上」
「・・・、少し見ないうちに強くなったではないか! 可愛い子には旅をさせてみるものだな、ははは!」
「したくてしたんじゃないわ、この馬鹿兄!」






 顔を上げ、きらきらと輝いた表情で見つめてくる兄から視線を逸らす。
異母兄だが、どうしてこう彼は思考がぶっ飛んでいるのだろうか。
普通の兄妹の再会ならば、妹のたくましさを褒めるのではなく無事を喜ぶべきなのだ。
やはり涼州という中原からかなり離れた辺境の地で暮らしてしまったことが原因なのだろうか。
はちょっぴり出生の地の不運を嘆いた。





「兄上みたいな人も拾ってくれるなんて、劉備殿って人はよっぽど物好きか人がいいのね」
「あの」
「おおその通りだ! 俺は劉備殿の元で、この正義の槍を振るうと決めた! 、お前も安心してくれ!」
「ふーん・・・。でも蜀の人って優しいのね。私をここまで連れて来てくれたおじさんも、人を思いやる度合いなら劉備殿並みかも」
「あの、話の途中に悪いが・・・」





 を成都まで送り届けた劉備が遂に、彼にしてはやや珍しく大声を上げた。
自分のことを知らないからとはいえ、いつまでもこの猛将の妹に素性を隠しているわけにもいかない。
馬超も紹介しようとしないので、尚更困るのだ。
というか、彼には見えているのだろうか。
共にやって来た趙雲と、初めにこそ劉備殿と名を呼んだ相手を。
おそらく眼中にないだろう。
今の彼の目に映っているのは、大事な大事な妹ただ1人であろうから。





「その、私が劉玄徳という。だ、黙っていてすまない!」
「おぉそうだ。、知らなかったのか?」




 遅すぎる兄と主君の告白に、はぴしりと固まったのであった。





















 帰還の報に馬家はやんややんやの大騒ぎだった。
死んだと思われていた(みなしていた)が現れたのである。
会った時こそ身なりはズタボロだったが、きちんとすると馬家特有の容姿端麗な姿が露わになった。
むしろ1人で過酷な流浪生活を強いられていたせいか、涼州にいた頃よりもさらに野性味が増していた。





「・・・で、兄上たちはどうして余所見ばっかりしてんの?」




 は家族水入らずの席にいながらも、心ここにあらずといった様子で庭をちらちらと眺めている兄と従兄に釘を刺した。
の問いに対して異常なまでにうろたえた兄を見る限り、何かあったに違いない。




「私と間違えて連れてった子に手出したの」
知っているでしょう。私の好みはのように元気溌剌としている子ですよ。従兄上だってそんなことしてません」
「じゃあ何。どうして庭ばっか見るの」




 馬超と馬岱は顔を見合わせた。
気が強くてなかなか頼もしい妹分だが、野生的直感に優れまくっている。
彼女の生死をしっかりと確認せずに墓を作ってしまったのは、今となっては愚挙というしかない。
うら若き乙女にたとえ脳内妄想の範囲内だったとはいえ、死に化粧と死に装束までさせてしまったのだ。
生命の危機と家庭の崩壊を察知して、昨夜遅くに墓を撤収しておいて正解だった。
さすがに穴を埋めるだけの余裕はなく、どごっと大きなくぼみは残っているが。





「あ、あれだ。いつ言おうかとずっと迷っていたのだ」
「何を」
「う、馬だ! 涼州の馬とまでの良馬はさすがにやれんが、ぎりぎり軍馬になれなかったものをやろう。絶影とか預けている厩舎に何頭か用意しておいたから、後で好きなのを選んでこい」





 馬、という言葉には顔を綻ばせた。
夏候淵と退治した時に馬とは別れていた。
しかし育ちゆえか、馬がいないとなんか落ち着かないわけで。
にとってこの申し出は他の何よりも嬉しかった。
これで成都だろうがどこだろうが、あちこちと好き勝手に動き回ることができるのだ。
兄たちがいけない不祥事を起こしてまたもや国を退去せざるを得なくなった時も、置いていかれずに済む。




「ありがとう兄上!」





 そういうや否や素早く身支度を始めたを、馬超は慌てて留めた。
後でと言ったのだ。今すぐとは誰も言っていない。
それに厩舎にいる馬は逃げないのだ。
もう少し家族で語ろうではないか。
積もる話もあるようだし、自分を蹴り飛ばした理由だって尋ねてみたい。
しかしの興味は既に馬にしか向いていなかった。





「また後でね、兄上、岱兄上!」




 の姿は瞬く間に馬家から消えていた。
































 趙雲は愛馬の様子を看ていた。
真っ白な馬で賢いが、なかなか他人が触れるのを良しとしない頑固馬だった。
あの馬超ですら手を焼いていたので相当なのだろう。




「馬超殿といえば・・・、妹君は生きていたのだな」



 先日ちらりと見かけたその娘は、姿だけなら全く馬超に似ていないように見えた。
久々の再会だというのに、あの会い方は強烈だった。
しかもかなり痛そうだったし、当時の彼から錦馬超は見つけられなかった。
天下無双の猛者も、可愛い妹の前ではただの溺愛しまくりデレデレ兄か。
そう思うと、趙雲はなんだか馬超のことが可愛いと思えてきた。
という妹のあの見事な蹴りは、やはり見ていて痛快を通り越して呆れてしまうが。





「やはり兄妹ゆえ、性格は似ているのか・・・?」




 愛馬に問いかけるも当然返事はなく。
ただ、小さくいなないて衝立を隔てた先の馬へと馬首をめぐらせた。
よく耳を澄ませると人の声がする。
かなり華やいだ若い女性の。





「どの子にしよっかなー」





 鼻歌交じりに馬に手を当てつつ選んでいる少女に、微かにではあるが趙雲は見覚えがあった。
劉備をおじさんと呼ばわり、自分には見向きもしなかった例の妹だ。
熱心に馬を選び時折ちらちらと絶影に視線を投げかけている姿を見ていると、不意に少女がこちらを向いた。
大きな黒い瞳がまっすぐ見つめてくる。





「ええっと・・・?」
「馬超殿の妹だな? 私は趙雲、劉備殿にお仕えしている者だ」
「どうして私が馬超の妹だって知ってるんですか?」





 の問いに趙雲は苦笑した。
どうしても何も、この間ばっちり同じ場所にいたのだ。
そうも完璧に無視をされると悲しくなる。
馬超のようにやたらと派手な兜とかは被っていないが、地味というわけではないのだ。
これでも一応女性には人気があるらしいし。(部下談)
しかし趙雲はあの日あの時会ったとは言わなかった。
劉備との一部始終を見られたとわかれば、彼女は慰めようもないほどに落ち込むだろうと考えたからだ。






「馬超殿からよく話は聞いていた。花が好きな妹だった(気がする)と」
「花・・・? まぁ嫌いじゃないですけどどっちかって言ったら馬とか食べ物の方が・・・」




 訝しげな顔をして言うだったが、ここは改めて目の前の将軍を見やった。
兄の言うことなんて話半分に聞けばいいのだ。
どんな話題から花が好きだという結論に導き出されたのかは皆目検討がつかないが。
ただ、知りもしない妹のことについて、しかも多少間違った知識を植えつけられているかもしれない趙雲に対して申し訳なかった。
こんな調子で兄が他の武将にも吹聴していたらどうしよう。
その度に訂正を入れなければならないのか、きつすぎる。





「馬が好きなのは馬超殿と同じだな」
「周りは人と馬と家畜ばっかりでしたから。私青毛の馬が大好きで。草原を疾駆する青毛の馬、すごくかっこいいと思いません?」
「そ、そうだが・・・」





 性格は強烈そうだが外見は端麗な少女に熱弁され、趙雲は心中でため息をついていた。
ここはなんとなく、白馬が好きと言ってほしかった。
彼女の好みをとやかく言うつもりはないが、白馬に乗る者としては白馬を褒めてほしいものである。
知らないというのは恐ろしいことである。





「趙雲殿のことは兄から少し聞きました。とてもすごい槍の遣い手だって」
「私はまだ未熟者だ。しかし、この槍で殿の大義を支えていきたいとは思っている」
「見た目によらず熱い人なんですねー」





 兄上に似てるのかな、と小首を傾げるに趙雲はとんでもないとかぶりを振った。
馬超のことは嫌いではないし、その竹を割ったようなさっぱりとした性格には好意を持っている。
しかし、あんな正義男と一緒くたにさせるのは勘弁願いたい。
それに見た目によらずってなんだ。
冷たい人だと思っていたのだろうか。
それはそれで嫌なのだが。





「きーめた、この子にしよっと。うふふ、可愛がってあげるからね」





 は一頭の青毛の雌馬を選ぶと馬に笑いかけた。
白馬にはついぞ目もくれなかったに、趙雲はたまらず尋ねた。




「どうして白馬は選ばないんだ? この馬だって君の選んだ馬に見劣りはしないが・・・」
「・・・白馬は大っ嫌い。赤く染まるから」





 ぼそりと呟かれた白馬の悪口に、憤りよりも先に言葉を失った趙雲だった。








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