縁儚し恋せよ姫君 2
彼はいったいいつから甘党になったのだろうか。
凌統と甘寧は腕に抱いた籠いっぱいに肉まんを詰め鍛錬所に現れた同僚に奇妙な視線を向け、顔を見合わせた。
差し入れをしてくれるのはありがたいが、毎日肉まんだと味に飽きてくる。
たまにはもう少しひんやりとした例えば果実が食べたいのだが、彼に肉まん以外の選択肢はないらしい。
一途な男だ。
凌統は籠から肉まんを1個取り上げると、食いつきながら尋ねた。
「美味いっちゃ美味いけど、いい加減味がわかんなくなってきたね」
「そう言う割には食べてますね」
「・・・まあ、出されたもんは美味しくいただかないと」
「朱然、あんまり凌統に突っ込むんじゃねぇぞ。凌統の奴、公し「甘寧」・・・女に逃げられて落ち込んでんだよ」
「逃げられてないっての。ちゃんと逢いに行けば逢ってくれるって」
「でも向こうからは相変わらず来ねぇんだろ。おまけに今度は何だっけ、独り立ち?」
「凌統殿がいるのに独り立ち? 変わった方もいるものだな・・・」
「ああもううるさい! 大体、何だって今更市場になんか・・・。欲しい物があるなら俺が買うし、そうでなくてもいつでも養えるってのに・・・」
ぶつくさと文句を呟きながら、自棄くそとばかりに肉まんを貪る凌統を見つめ朱然は頬を緩めた。
凌統は難儀な女を相手に苦労しているだろうが、こちらの首尾は上々だ。
先日のごろつきとの一件で初めて彼女を知って以来、ほぼ毎日通い詰めている。
お世辞にも繁盛しているとは言えない店には明らかに場違いな器量良しの娘は、すっかり馴染みの客となったこちらの顔を覚えてくれたらしい。
決して愛想がいいわけではない。
どちらかといえば、他人と一歩距離を置くような控えめな娘だ。
そこがまたいい。
ぐいぐいと積極的に接してもすいとかわされる感じが新鮮でいい。
今日もありがとうございますとにこりと笑い肉まんを渡してきた娘を思い出すと、つい顔がにやける。
朱然の百面相を見守っていた甘寧が、にたあと笑い朱然の脇腹をつついた。
「お前、ひょっとして店の娘にでも惚れて入れ込んでんじゃねぇの?」
「あ、わかります? それがもう本当にすごく美人で、あの店には不似合いなんですよ。彼女くらいの器量良しなら殿のお傍に置いてもいいくらい」
「そりゃすげぇじゃねぇか! 仲いいのか? もう物にしたのか?」
「いや、まだ・・・。迫ってもかわされて、でもそこがいいと思いません?」
「そういう女を自分のものにする時の快感な!」
「まあ、迂闊にそれやると俺もごろつきと同じように潰されそうですがね!」
美人なだけじゃなくて強いんですよ、はしたないって一喝するとこなんて本当にまるで殿のような迫力で。
おいちょっと待て、お前が恋い慕ってる娘さんってもしかして。
女の子にさせずに自分で取り締まれよ、機会窺ってるうちに解決しちゃいましたあはははは。
何も知らずに談笑する凌統と朱然を、甘寧は複雑な表情で見つめた。
新しい職場はどうですかと尋ねられ、快適ですと答える。
嫌味ですかと尋ねられ、事実ですと返す。
あなた本当に、自分の立場がわかっているんですか?
ここへ来てからもう何度かもわからない同じ質問を受け、はこれまた淀みなくすらすらと答えた。
「凌統殿の望む幸せを見届けるため、こうして生き永らえております」
「わかっているならどうしてすんなりと凌統殿の元に行かないんですか。何ですか独り立ちしたいって。あなたゆくゆくは凌統殿の妻になるべき人なんですよ」
「・・・まあ」
「今更驚くことでもないでしょう。まったく、急に仕事を辞めたかと思えば市場で働き出すとは私を過労死させる気ですか」
「陸遜殿の元にはわたくしの代わりに新しく女官が入られましたでしょう」
「確かにそうですが。むしろ、あなたがいない方がこちらも随分と楽しく執務できますが」
では問題はありますまいと淡々と答え茶をすするを、陸遜がぎろりと睨みつけた。
ああ言えばこう言う、本当に余計な一言が多いいけ好かない娘だ。
外の仕事にかまけ家の仕事が疎かになればすぐに責め立てようと意気込んでいたのだが、独り立ちを夢見る曹魏の公主は万事卒なくこなす器用な子だった。
責めようにも責められず、かといって褒めたくもない遠縁の娘を陸遜は一方的に敵対視していた。
「あちらにいた頃はともかく、我ら陸一族の血を引くあなたが市場で働くとは、私はかなり不安です」
「・・・わたくしは外へ出て、宮城では知りえなかったことを知ることができました。民の行動とはまことに面白うございます」
「ほう、それは?」
「孫権殿の敵は、我が父曹操から劉備殿・・・いえ、関羽将軍へと変わったのですね」
陸遜殿はもちろん、凌統殿も甘寧殿も誰一人として教えて下さらなかったことでございます、
わたくしは、尚香殿のことを思うととても苦しゅうございます。
は眉を潜め寂しげに呟くと、おそらくはすべての首謀者であろう陸遜をじっと見つめた。
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