縁儚し恋せよ姫君     4







 虫も殺せないような容姿なのに大の男、しかも荒くれ者どもをぴしゃりと押さえつける芯の強さも持った佳人を、よく考えなくても世の男たちが放っておくわけがない。
かくいう自身も彼女を放っておけず、あわよくばと目論んだ男の1人だ。
彼女ほどの器量良しの恋人なのだからきっと恋人も凛々しく逞しく、知性溢れた誠実な男なのだろう。
彼女に振られたのは悔しいし悲しいが、彼女が幸せならばそれでいい。
朱然は失恋の痛みを必死に和らげるべく、恥ずかしげに顔を伏せているにそうですかと努めて平静を装って答えていた。
畜生、男が憎い悔しい恨めしい。
どこのどいつだ、彼女の身も心も奪っていった果報者は。
引きつった苦しげな笑みを浮かべていると、店の外ががやがやと騒がしくなる。
またごろつきだろうか。
傷心を癒す間もなく騒ぎ立てるとは、人の心の機敏を理解しない奴らだ。
一度ならず二度までもの手を煩わせるわけにはいかず、店の外に出てやって来るであろうごろつきを待つ。
朱然は共の兵を連れがやがやと現れた人物に思わず拱手した。





「あれ? こんなとこで会うなんて奇遇だねえ」
「凌統殿こそ出陣前だというのになぜここに?」
「お見送り要請。あ、もしかしてあんたが言ってた美人な娘さんってここで働いてんの?」
「そ、そうですが・・・」
「そりゃどんな子か俺も興味あるねえ。あ、いた




 店内で粛々と片付けをしていたに向かい、凌統がひらりと手を上げる。
ゆっくりと顔を上げたも、凌統の姿を認めるなり頬を緩める。
に体を寄せいつになく真剣な顔で話しかけている凌統に、朱然の頭の中が目まぐるしく動く。
凌統は人を必要以上に近付けようとしないの守備範囲にあっさりと入り、かつ拒絶されていない。
かつて浮名を流していた彼だから、が凌統の女の1人だと思うこともできる。
しかし、これはあくまでも朱然の主観だがは取り巻きのうちの1人にしてはいけない女のように思える。
確立された地位にいてさらにの魅力は増すと思う。
つまり、は凌統にとってもそのような位置にある人なのだろう。
朱然の視線を知ってから知らずか、凌統はの耳に口を寄せると周囲には聞き取れないような声で小さく囁いた。





「樊城で曹仁が水攻めされてる」
「子孝おじ上が・・・? ですが子孝おじ上は固き守りを得意とされるお方。いかに相手が関羽将軍であろうと、そう易々と屈することはありますまい」
「見立ては軍師さんたちと同じか。軍師さんは今を好機と捉えた。・・・言ってる意味、わかる?」
「はい、行かれるのですね。公績殿のご武運をお祈りしております。どうかご無事で・・・」
「良かった、ついて来るって言われたらどうしようかと思ってたよ。は頭はいいけど聞き分け悪いからね」





 不安を顔に出すことなく淡々と送り出すをぎゅうと抱き締め、朱然を回収し馬上の人となる。
戦前の昂揚感からは程遠い悶々とした表情を浮かべている朱然の背を、凌統は馬上からとんと叩いた。




「そう気落ちしなさんな、戦から戻って娘さんに会えばいいだろ」
「凌統殿、知ってて言ってます?」
は美人で淑やかで、ちょっとこっちじゃ見ないようないい子だろ。ま、つれないとこもあってそこが俺としちゃ寂しいけど」
「わかってて言ってるんですね。・・・凌統殿が殿の・・・・・・。凌統殿が・・・?」
「不満でもあるのかい? はやらないよ、彼女は命を張ってでも守って愛する女だから」




 そうでもしないとは連れ戻されかねないからねえ。
凌統は不機嫌そうに呟くと、伏兵部隊の後列に合流した。







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