プロトタイプは恋をする 序
背負いきれないほどの罪悪感は、どうすれば良いのだろう
邸の隅で丸まっている可愛らしい生き物に、背後からそうっと声を掛ける。
きっと今日も彼女の腕の中には猫か犬か、とにかく獣が隠れているから。
お姉様と華やかな声とともに振り返った可愛い妹の顔を見つめ、貂蝉はふふふと笑みを零した。
は可愛い可愛い大切な、たったひとりの「妹」だ。
姉の予想通り、の腕には子犬が抱かれている
「またお稽古を忘れていたのでしょう?」
「だって先生ってば酷いんです、先生ったらいつも蔡邕殿のご息女の話ばっかり!」
「確かに楽を奏でるのが大層お上手と聞いたことはあるけれど、でも、も毎日お稽古しているので上手になったのでしょう?」
「・・・えへ」
「?」
いつの日かお姉様の舞に合わせて奏でたいと意気込んでいたが、果たしてその日はいつ来るのだろうか。
いけないことと思いながら、の稽古を覗いたことがある。
寝起きのぼんやりとした頭を一気に覚醒させる衝撃的な音色だった。
彼女のどんな音色にも合わせる自信はあったが、どうすれば舞うことができるのか熟考し、今はその時ではないと諦めた。
箏を構えた姿だけは、の美しさも相俟って天女のようだった。
だからこそ性質が悪い。
の師の肩は決して持たないが、愚痴のひとつでも零したくなる気持ちはわからなくもなかった。
「、お稽古はきちんとしなければいけません。の夢は何でしたか?」
「宮中でお姉様の舞に合わせて楽を奏でることです!」
「私もと一緒に舞うことを楽しみにしているのです。ですからもう少しがんばりましょう?」
「はい・・・」
「貂蝉や、は見つかったか?」
「お父様! 見て下さい、が可愛い犬を抱いています」
「ほう、可愛いのう! 邸の見張りでも頼もうかの」
王允が、の腕の中で大人しくしている子犬を見下ろし相好を崩す。
立ち上がったがありがとうございます王允様と頭を下げると、子犬もキャンと行儀良く鳴く。
稽古は順調かと尋ねられ、の笑顔が凍る。
しかと励むようにと王允に言い渡され、が無言で頷く。
楽士として結果を残せなければ、は王允に買われた当初の予定通りどこぞの妾か妓女として再び売られる。
それが嫌だったから妹にしたいと言った。
本当の妹ではないが、彼女がどんな身分になろうと姉で居続けるつもりだ。
「そういえば、宮殿に鳴く壁ができたそうだ。、気になるのであれば稽古がない日に見てきてはどうじゃ?」
「外に出て良いのですか!?」
「構わんよ」
「では私も見に行きます。姉妹でおでかけ、久々ですね」
「お姉様も一緒で良いのですか!?」
「ぬう、構わんが・・・。くれぐれも董卓軍の兵には気を付けるのだぞ」
今、都では董卓という涼州出身の軍閥が幅を利かせているらしい。
評判はすこぶる悪く、兵を見かければ逃げろというのが街の人々の常識だ。
をひとりで猛獣の中に解き放つわけにはいかない。
彼女はどこまでものんびりとしていて、あまり頭が良くない。
貂蝉はと子犬ににっこりと笑いかけると、外出の予定を立て始めた。
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