冬が明ければ
雪とは冷たくてふかふかで、溶けてなくなってしまうものでした。
なんとも雲を掴むような感想に、訊く相手を間違えてしまったかと凌統は天を仰いだ。
これが詩情というのだろうか。
絶対に違うと思う。
孫呉に来てからこの方、は一度も詩文を嗜んだことはない。
そういった場に呼ばれても、どういう手管を使っているのか詩作を披露することはないと聞く。
のらりくらりが巧すぎる。
「えーっと、ごめんもう少し具体的に」
「雪は溶けると水になってしまいます」
「氷みたいなもんなんだ」
「氷が天より降ってくることはないかと存じますが」
「のご家族はどこからでも降らせてきてたよ」
「確かに」
では氷の仲間なのでしょうかと逆に訊かれ、返答に窮する。
雪の話をせがんだはずなのに、非常に面倒なことになってしまった。
がこれほどに説明下手とは思わなかった。
おそらく、の周りは教養豊かな人々ばかりだったのだろう。
彼女は気になったことを教えてもらう側にいて、誰かに事象を説明することはなかったのかもしれない。
戦況や策の指示と理解は驚くほどに速いのに、風光明媚な情景にはとんと興味がないと見た。
見た目や仕草はこんなに美しく洗練されていてまさに姫君といったそれなのに、中身が伴っていない。
彼女の教育係はさぞや苦労しただろう。
必要最低限のものしか教えられていないはずだ。
「ってさ、ちゃんと公主教育みたいなの受けてた? 綺麗な景色を見た時にそれっぽい感想言うみたいな」
「丁奉殿のような表現でしょうか? 恥ずかしながら、それほどは・・・」
「いや、ざっくりとした感想はわかりやすいから俺は好きだけど。雪ってのはよっぽど寒くないと見れないんだってのはわかったよ」
「楽浪の公孫氏とは交易の実績があると伺ったことがございます。公績殿も同行されてみてはいかがでしょうか」
「そりゃまた遠い。お忍びで行くにしては邸を空けすぎる。かといってを連れてくわけにはいかないし」
「お供できず申し訳ございません」
「いいよいいよ。大事な身体だ」
今はあまり遠出はしたくない。
命令とあればどこへなりとも出陣するが、戦でもないのに私用で遠征は控えておきたい。
に何かあってもすぐに戻れる距離にいたい。
をひとりにしたくない。
彼女の単独行動については、様々な経験を経て信用がほとんどなくなっている。
「とはいえ、ずっと邸にいるのも飽きるし暇なんじゃないかい? どこか行きたいところとかあるなら馬車を出そうか」
「ありがとうございます。ですが、今はこうして公績殿と共にいられるだけで嬉しゅうございます」
「そりゃまた嬉しいけど、でも、我慢のし過ぎも良くないって言うし」
「望みがあれば必ずお伝えいたします。ですからどうか、今はお側に。・・・最近少し、痩せられましたでしょう?」
自身も体調は万全ではないだろうに、よく見ている。
興味の対象へは素晴らしい観察眼を発揮する。
の読みは外れていない。
身体には何の異変もないはずなのに、満腹になるのが早くなった気がする。
愛用の三節棍がほんの少しだけ重たく感じるようになった気がする。
には勝てないね。
凌統は小さく笑うと不安げな表情を浮かべるをそっと抱き寄せた。
雪解けは 穏やかな日々の終わりも告げる