外野の視線は焦れったい
首筋にちりちりとくすぐったい視線を感じ、足を止めて振り返る。
きゃっと短く悲鳴を上げた若い娘が2、3人、目が合うなり真逆の方向へ駆け去っていく。
まただ。
初めのうちは気のせいだと言い聞かせていたが、日に日に増えていく焦れったい視線にいよいよ知らんぷりはできなくなってしまった。
一言で言えば、気分が悪い。
用があるなら面と向かって言えばいいものを、柱の影や隣の部屋、窓からひょっこりと見ているだけで何もしない。
どうしたものだろうか。
姜維は今まさに大きく口を開け肉まんを頬張ろうとしていたの真正面に腰掛けると、我が身に起こる些細な凶事を嘆いた。
「彼女たちは私に思うところがあるのか?」
「むぐ」
「私が天水の出身だから警戒しているのだろうか・・・」
「んぐ」
「殿、聞いているのか?」
「姜維殿こそ、私が今何してるか知ってて声かけてる?」
豪快に水を飲み干したが、はああと大げさにため息を吐き頬杖をつく。
行儀が悪いと注意すると、がぷいとそっぽを向く。
諸葛亮夫妻に礼儀作法はきちんと教わり、然るべき儀式においても淡々と卒なく振る舞うだが、大人が見ていなければこれだ。
心を許してくれていると安堵して良いのか、侮られていると憤った方が良いのか。
横顔を見れば際立つよく通った鼻筋を眺め、街中の娘たちを真似るように首元へ目線を動かす。
いけないことをしている気分になるが、果たして娘たちも同じように思ってくれているかどうか。
決して心地良いものではない視線を向けられているとは気付いているのか、肉まんを食べ続ける無邪気な姿を眺めていると不安になる。
「姜維殿に思うところはあるんじゃない?」
「やはりそうか・・・」
「姜維殿は趙雲様ほどじゃないけど美丈夫だから、女の子たちはあわよくばお近付きになりたいって思ってると思うよ」
「・・・そろそろ趙雲殿と比較するのはやめてくれないか?」
「私の中では趙雲様がずっと一番なんですう。ていうか姜維殿って元は麒麟児だったんでしょ。魏にいた頃も女の子にきゃあきゃあ言われてたり言い寄られてたりしてたんじゃないの?」
「まあ、自慢ではないが縁談を持ち込まれたこともある。それから麒麟児には元も今もない、まるで今は違うように言わないでほしい」
「でももう子どもじゃないじゃん。へえ~、縁談ってどこの子? 私も知ってる人? 会ったことある? 美人だった? まさか奥さん魏に置いてきたりしてないよね!?」
肉まんを皿に戻したが、目を輝かせて身を乗り出してくる。
女の子は程度の差こそあれ色恋の話が好きなのだなと、一気に距離が縮まったの顔を見つめる。
鮑三娘にあれやこれやと吹き込まれていなければ良いが。
彼女が話す内容は、きっと純真無垢なには刺激が強いものも多いはずだ。
姜維はこほんと咳払いすると、司馬懿の、と口にした。
「丞相にもお話したことがないのでここだけの話にしてほしいが、実は、司馬懿から娘をくれてやると言われたことがある」
「・・・えーっ! えーっ、あの司馬懿!の娘さん!」
「しーっ、声が大きい!」
「あ、ごめん、でもこの時間この部屋私と姜維殿しかいないんだよね」
「それでも、だ。昔は栄誉ある話だと思っていた」
「きっと超美人だよ、絶対そう! 見た? 可愛かった? やっぱ頭良さそうだった? 似てた?」
「いいや、見ていない。そもそも司馬懿には嫁に出せるような妙齢の娘はいない。だから私は、あの縁談は司馬懿の虚言ではないかと思っている」
「ええ・・・・・、姜維殿騙されたの? かわいそう・・・。でもそっかあ、縁談かあ」
私には縁がなさそうなお話と、がにっこり笑いながら放言する。
そんなことはないと言おうとして、その言葉が果たして適切かどうか思案する。
が望まずとも話は突然降ってくるし、求められることもあるだろう。
ひょっとしたら、も不躾な視線に晒されているのかもしれない。
諸葛亮や諸将がどれだけ追い払い身を盾にして守ろうとも、すべてを放逐することはできない。
不意にが、ゆるりと窓辺を顧みる。
内緒の会合を覗き見ようとしている不届き者と目が合った。
「いるか定かでない娘も狼顧の相だったらどうする?」「え~だっていないんでしょ~」