熱視線は四方から
姜維殿は美丈夫だ。
頭も良くて武芸もできて割と丁寧な対応ができる麒麟児だから、女の子たちの間ではとても人気がある。
私は趙雲様と初めてお会いした時から趙雲様が一番の美丈夫だと思っているけど、私の考えはひとつ時代が古いらしい。
女官たちいわく、「趙雲様はそんなんじゃない」だとか。
そんなんって、どんなの?
みんな趙雲様に抱っこしてもらったりお菓子もらったりしたことがないから、趙雲様の良さがわかりきれていない。
だから趙雲様と関興殿の次に美丈夫かもしれない姜維殿に熱を上げている。
本当の姜維殿は丁寧どころかかなりぞんざいで、弁当も無神経なことを言って作らせてくるような人なのに。
姜維殿は外面がいいだけだって私は知っている。
今日だって、人に覗かれていたと気付いた瞬間に姜維殿の顔が余所行きの表情に切り替わった。
怖かった。
「ということがあったんです。窓に覆いをつけた方がいいと思います」
「却下します」
「えっ、でもでも、諸葛亮様の大事なお部屋が覗き放題になってるのは良くないんじゃないですか」
「静謐であるべき丞相府の、余人の目が届かない環境でが2人きりになるのは避けなければなりません・・・」
「2人きりって、姜維殿とですよ?」
「と2人きりになりたいのは姜維だけではないのですよ」
「え~なんで~」
素朴な疑問も根気良く教えてくれる諸葛亮様と月英様だ。
今回もすぱっとわかりやすく教えてくれると思いきや、困った表情で顔を見合わせている。
そんなに簡単な問題だったのだろうか。
私としてはなかなかに鋭い提案をしたつもりだったんだけど、論点が違ったとか。
でも本当に窓辺には目隠しが必要だと思う。
諸葛亮様にはお昼寝する時間が必要だ。
北伐を繰り返すたびに諸葛亮様の睡眠時間が削られている。
削がれているのは命の灯火なのではと恐ろしくなる時がある。
諸葛亮様に万一のことがあったら、私は、私がどうなってしまうのかさっぱり見当がつかない。
このまま蜀に居続けていいのかなとか、居場所もない魏に追い返されちゃうのかなとか、私まで眠れなくなってしまう。
仮に魏に行ったとしても、姜維殿の話が正しければあっさりと何の情も湧かない相手の元に嫁として送り込まれそうだ。
絶対に無理だ。
「言おうかどうか迷っていましたが、伝えましょう。、あなたをぜひ嫁に貰い受けたいというお話を預かっています」
「え、そんな物好きな人が蜀に!?」
「複数の方からです」
「そんなに!?」
「孫権殿の御子息の妃に、という話もあります」
「え、え、そ、そんなのって」
めんどくさ~い!
思わず飛び出てしまった本音に、諸葛亮様と月英様がぷっと吹き出す。
主に私の出自のせいなんだけど、めちゃくちゃ面倒な展開になっている!
私の身柄は諸葛亮様の寿命にかかわらず、とっくに不安定な状態だった!
姜維殿が蝶々に纏わりつかれているなんて微笑ましい話で、こっちなんて会ったこともない虎の巣に放り込まれるところだった!
どうして私なんだろう、私が可愛いから?
確かに私は趙雲様や関兄妹や張兄妹の皆さんに可愛い可愛いと褒めそやされてきたけど、それがお世辞多めの賛辞だってことくらいはわかってた。
もしかして全部がお世辞じゃなかったってこと?
だとしたら、可愛いはずの私を邪険に扱う姜維殿ってなに?
魏の女は絶世の美女だらけってこと?
あ、だから私の母親は夫ではない男の子ども、つまり私を産まされたのか。
なるほど理解した。
「どうすればいいんでしょうか・・・」
「嫁ぎたいところはありますか? なければ全てお断りします」
「ないですけど、断っていいものなんでしょうか。孫権殿のとか特に」
「心配には及びません。そのあたりは私の腕をお見せしましょう」
「外交問題ってことですよね? 諸葛亮様のご活躍は見たいんですけど、私の我儘でそういうのは公私混同が甚だしすぎますし、私が行ってあちこちが丸く収まるんなら私は別にどうだって」
「、私たちはもう二度と、あなたに悲しい顔をさせたくありません。あなたの心はあなただけのもの、誰をどれだけ想っていようと、の自由です」
「月英様」
縁談に乗り気でないのも、聞き分けの良い子のふりをして心にも無い発言をしたのも、お二方にはすべてお見通しなんだろう。
ひょっとしたら私が認識できていない私の心情についても、諸葛亮様たちの方が詳しいのかもしれない。
今は誰とも添いたくない。
将来のことはわからないけれど、今はまだ、嘘っぱちの承諾の時に痛んでしまった心の本音を大切にしたい。
俯いてしまった私を案じたらしい月英様が、私をそっと抱きしめる。
誰のとこにも行きたくない。
伝えたかった本当の言葉が、涙と一緒に零れ落ちた。
箱を燃やした時に、涙も一緒に乾いちゃった