親の顔が見てみたい




 最近、諸葛亮様をお見かけしていない。
何度目かの北伐から帰ってきて初めのうちは邸にいらしたけど、それきりどこか行ってしまった。
政庁でもお会いできなくて、蒋琬殿に訊いてみたら思いきり引き攣った顔でお休みだと教えてくれた。
諸葛亮様はずっとお忙しい日々を過ごしていたから、お休みできるんならめいっぱいお休みしてほしい。
ただ、だ。
諸葛亮様はいったいどこで誰とお休みしてるんだろう。
愛妻家を自負し愛妻弁当を披露するのが日課になっている蒋琬殿が誤魔化しきれてなかったということは、つまりそういうことなんだろう。
まあ、諸葛亮様は素敵な方だから特に驚きはないんだけど。
私がどうこう思うことでもないし。



、私たちも少し遠出をしませんか?」
「行きたいです! どこに行くんですか?」
「隆中です。劉備様に出仕する以前に孔明様と暮らしていた場所です。こじんまりとした村ですが、景色が綺麗でゆっくりできますよ」
「聞いたことあります! 劉備殿が3回くらい諸葛亮様に会いに来たっていうあの!」
「ええ、そのとおりです。どうですか、女2人で出かけるというのもたまには良いのでは」
「んん? 諸葛亮様はご一緒じゃないんですか?」
「・・・孔明様は」



 月英様の笑顔が少し曇り、顔が伏せられる。
すぐに顔を上げたけれど、月英様の表情には苦みが残っている。
言いたくないことなら言わなくていいのに、月英様は私を心配させたくないからきっと言ってしまう。
私の察しが良くないから、全部言わせてしまう。
孔明様は、と月英様がもう一度口を開いた。



「孔明様は御子息の元にいるので、今回は同道できません」
「あ~、なるほどだからかあ・・・」
「知っていたのですか?」
「いや、蒋琬殿がめちゃくちゃ怪しかったので」
「そうでしたか」



 諸葛亮様に、月英様ではない別の妻との間に生まれた息子がいることは知っている。
お会いしたことはないし、紹介されたこともない。
生まれたとは諸葛亮様ご本人から教えてもらったから、存在だけは知っている。
まだ幼子だったはずだ。
諸葛亮様には長くお子が産まれなくて、ようやく得た嫡男だ。
可愛いに決まっている。
時間があればいつだって子どもに会いたいだろう。
それが本来の父親像だと思う。私の父親が特殊なだけだ。
今更会いたいと言われても困ってしまうので、司馬懿殿はずっと私を捨て置いていてほしい。
父が父なら娘も娘だ、父娘揃って変わり者がすぎる。



「出立することは孔明様にはお話しておきます。孫呉の領内とはいえ、用心して行きましょう」
「虎戦車は連れてかないんですか?」
「兵器はさすがに持ち込めません」
「でも孫呉って虎好きの人が多いらしいですし、ちょっとお目溢ししてくれたりしないかな」
「以前、孫呉との戦いで虎戦車を運用したことがあります。相手をむやみに警戒させるのは避けるべきかと」
「そうなんですね」



 私が蜀に来る前、孫呉とはいろいろあったらしい。
関興殿や星彩殿は孫呉に対しては思うところがあるようで、好んで孫呉の話はしない。
私が姜維殿と建業に遊びに行った時も成都ではなかなかに皆さん荒れていたらしい。
私がそのまま留め置かれたらとか、魏に売り飛ばされたらとか、とにかく孫呉への信用がまったくなかった。
行った私も姜維殿も不愉快な思いはせず概ね楽しかったんだけど、私も姜維殿も所詮は後から来た人だから彼らの心の奥底まではわからない。
心配してくれているのはとても嬉しいけど。



「私もお出かけ前に諸葛亮様にご挨拶しときたいかも」
「では私に代わってが孔明様に伝えてきてもらえませんか? その間、私は出立の支度をします」
「わかりました! えーっと諸葛亮様の別邸は・・・」



 月英様はお優しくて聡明な方だけど、やっぱり側室の邸を訪うのは足が重いのかもしれない。
来るなとは言われていないので、言伝くらいしても怒られないはずだ。
月英様は行っていいと許可を出してくれたんだし。
月英様から別邸の在処を教えてもらい外へ出る。
諸葛亮様が月英様以外に愛した女の顔が見てみたかった。




妻のことは一輪の花と呼んでいるが?



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