お父さん二分の計




 教えてもらった邸は、本当に子どもが住んでいるのか疑ってしまうほどに静かな空間だった。
よほど広いお邸なのか、それともお昼寝中なのか、私は暫し待つよう言い渡された邸の入口で耳を澄ませていた。
中に入るつもりはなかったけど、向こうも私を中に入れるつもりはないらしい。
いつまで待てばいいのかな、お忙しいようなら日を改めるけど。
誰にも見られていないという間隙を突いて、しゃがみ込もうと腰を曲げる。
と聞き慣れた声で呼ばれ、私は慌てて居住まいを正した。
良かった、諸葛亮様ちゃんとここにいた。



、中へどうぞ」
「いえ、すぐ終わるのでここでいいです。ご家族とのご歓談中にお邪魔してしまってすみません」
も私の家族ですが」
「・・・えーっと、しばらくの間月英様と旅に出ることになりました」
「では私も共に」
「いえ、今回は女2人で行こうってことになっていて。隆中に連れて行ってもらうんです」
「隆中ですか・・・。私も同道してはいけませんか?」



 諸葛亮様が弾んだ声を上げた直後、こほんこほんと高い声で咳払いが聞こえる。
今日の私は耳が敏感だから、邸の女主人の心の声も丸聞こえだ。
諸葛亮様をここから連れ出してはいけない。
今の諸葛亮様は跡継ぎを見守る父親で、それ以外の役割を担ってはいけない。
諸葛亮様を奪ってはいけない。
諸葛亮様にも咳払いは聞こえていたようで、困り顔になっている。
諸葛亮様を困らせてはいけない。
大切な人にはいつだって心安らかにいてほしい。
諸葛家の人々とだけは争いたくない。
向こうが私のことを疎ましく感じていようと、私は諸葛家の皆さんを大事に思っている。



「以前からに隆中を案内したいと考えていました」
「諸葛亮様はここでお休みされていてください。ご子息とたくさん遊んであげてください!」
「瞻は書画が巧みで、ひとりで存分に遊べる子です」
「すごいじゃないですか! じゃあ諸葛亮様がお傍にいてたくさん褒めてあげないと!」
、私はといたいのです」
「違いますよ、諸葛亮様」



 今日の私は諸葛亮様を拒絶している。
諸葛亮様はお優しいから、ご自分の可愛い息子を犠牲にして私に構ってくれる。
そこまでしなくても私はとっくに諸葛亮様が大好きだから、不貞腐れたり反抗したりしない。
諸葛亮様は時間が許す限りめいっぱい諸葛瞻殿と楽しい思い出を作ってほしい。
きっと諸葛亮様はまた北伐に行ってしまう。
諸葛瞻殿が従軍するようになるのはまだまだ先で、だからこそ父子が一緒にいれる時間は多くはない。
違うと言われた諸葛亮様が悲しげに目を伏せる。
たぶん、今日だけは私の言い分は諸葛亮様より正しいと思う。



「帰ってきたらたくさん隆中の感想聞いてくださいね」
「たくさん訊きます」
「ついでに江陵とかにいる孫呉の方にも一応ご挨拶してきますね」
の心がけが蜀と呉の同盟強化に繋がります。が、挨拶だけで構いません。強引に交流を迫る方とは距離を置くように」
「わかりました!」



 別れが惜しそうな諸葛亮様に邸の中へ戻るよう促し、再び静まり返った邸へ背を向ける。
ばしゃんと背後からなかなかに冷えた水を浴びせられ、私は、私がこの邸と女主人にとって招かれざる邪魔者だったんだなと確信した。




諸葛亮様、全然楽しそうじゃなかった



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