隣の誰かさん




 また今日も傍にいる。
傍に置いているのか、近寄られているのかは隣にいない私にはわからない。
ああいう子が好みだったのか、なるほど。
ひょっとして姜維殿は私のことが政情や国の駆け引きなしに本当に好きなのかなと思ったりもしていたけど、やっぱり気のせいだったみたい。
さすが姜維殿だ、それでこそ麒麟児と呼ばれていただけはある。
姜維殿が後輩だったことを今更ながらに誇りに思ってしまった。



「いやいやいやいや、姜維はそんな奴じゃないって」
「いやいや姜維殿はむっつりさんだから、とっくに妻か妾にしてるんじゃないかなあ」
殿しか見えてない姜維が器用なことできるわけないって! だいたい姜維はああいう匂い立つような肉付きのいい女は好みじゃなかった。姜維はもっと淑やかですらっとした感じの子が好きで・・・いや、殿のことも好きだぜ!」
「いいっていいって。夏侯覇殿はどんな子が好きなんだっけ」
「穏やかなようで熱くて芯が強くて凛としてて、泥遊びも肉まん作りも火計も全力でするお方・・・って、これは敬愛な。こう、主君というか敬う方というか」
「その人は今はどうしてるの? そんなに慕ってたなら、こっちに一緒に連れてくればよかったのに」
「・・・まあ俺の話は置いといて、だ! 殿、姜維と縒り戻してくれよ」



 頼むと言われ頭を下げられても、こればっかりはどうにもならない。
理由は明快、そもそも私と姜維殿に情愛は存在しないから。
求められて身体を重ねはしたけれど、それだけだ。
私が魏に攫われたり月英様とお別れしたりして、いろいろとお互いに気持ちに余裕がなかった頃からそれは始まった。
子が欲しいと言われたことはあるけど、それだけは無理と断った。
姜維殿を少なからず大切に想っていたから、後の姜維殿に辛い思いをさせたくなくて断固拒否した。
断られた時の姜維殿はとても苦しそうな顔をしていて、ああ、私では姜維殿の望みを叶えてあげられない、姜維殿を傷つけるだけだと悟ってしまった。
姜維殿の積年の夢を叶えることはできないけれど、一時の欲なら満たすことはできる。
と、私は割り切っていた。とんだ性悪女だと思う。



「あの子も元は魏の捕虜なんだっけ。魏から来る人は男も女も綺麗な子ばっかりだね」
「姜維に見初められるくらい頭も切れる女が狙ったように捕虜になるか? 怪しすぎる」
「宮中にも同じ頃に魏からの降将が来たんだけど、こっちも顔がいいんだよ〜」
「もしかして殿の好み?」
「ううん。私は趙雲様みたいな美丈夫が好き! 趙雲様見たことある? 強くてかっこよくて優しくて、絵物語の主人公みたいな美丈夫だったんだよ! だから趙統殿と趙広殿も顔と性格が素敵でしょ?」
「姜維、ものすごく我慢してたんだな・・・」



 騒いでいた声に気付いたのか、姜維殿がゆるりと首をこちらへ向ける。
姜維殿につられて顔を向けた元捕虜の女が、私に見せつけるように姜維殿の腕に体を寄せる。
腕に食い込む豊満な膨らみは私にはないので、姜維殿も満更ではないと思う。
往来で我慢してる姜維殿はすごい。
姜維殿の我慢を育てたのは私という自負がある。




「なんだか、好きな人がいるっていいよね。私もとりあえず誰か夫をつくって好きになってみようかな」
殿?」
「私もそろそろ嫁ぎ先とか探してみようかな。蜀じゃ無理でも南中とかならどうにかなるかも」
「いやいやいやいや絶対にやめてくれ。妥協と反抗で夫を見つけるのは駄目だって。なんで殿は的確に俺の弱味を踏み抜くかなあ」
「夏侯覇殿の悲しき過去なんて知らないよ。そうだ、星彩殿に相談したら、星彩殿も認める男の人紹介してくれるかも!」
「一番相談しちゃ駄目な人なんだよなあ」



 冗談に真面目に慌てる夏侯覇殿が面白い。
夏侯覇殿は不慮の事故で私の出自を知ってしまっているから、夏侯覇殿なりの優しさと気遣いで私を守ってくれている。
もしも夏侯覇殿も彼が敬愛する人を連れてきていたら私も私なりに盛大に歓迎していたのに、世の中は厳しくできている。
私たちへ歩み寄ろうとした姜維殿が、女に腕を引かれ足を止める。
仲がいいみたいでちょっと羨ましい。
私は一瞬しか目が合わなかった姜維殿の背中を見送ると、隣で頭を抱えている夏侯覇殿の背中をとんと叩いた。




殿と添いたい? 私を倒してからにして



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