誰かさんは隣に行きたい




 皆まで言わずとも理解してくれる存在がようやく現れた。
姜維様の御心のままにと全てを肯定し受け入れ、そして動いてくれる存在がなんと容易いことか。
「言ってくれないとわかんないもん」が口癖のとはまるで違う。
賢くて腕も立ち、彼女といると楽ができる。
姜維はぴたりと横を並んで歩く女を見下ろした。
成都の街並みが珍しいのか、周囲へくまなく視線を向けている。
自分が蜀へ降ってきたばかりの頃も同じだった。
あの時はにあちらこちらへ連れ回されて、視察というよりも散策だった。
軍事にも政治にも疎いには考えが及ばなかったのかもしれないが、本当はもっと政や軍に関わる場所を案内してほしかった。
ができなかったことを今、こうして新たな部下に教えている。
毎日が充実していた。



「姜維様、先程の女人は?」
殿という」
「あの方が殿・・・」
「知っているのか?」
「ええ、よくお話を聞きますので・・・」
「ほう」
「武官文官問わず、大層交流が華やかな方だとか」
「そうだな・・・」



 はとにかく人脈が広い。
幼い頃から諸葛亮に育てられ諸将に可愛がられてきた彼女の前には、交流における障壁がほとんど存在しない。
殿から話は聞いていると前置きされ融通を利かせてもらった案件は何度もある。
ひょっとしては蜀にとって得難い人材なのでは。
いや、不定期にしか政庁に顔を出さないは、人材難の蜀においてあまりにも怠惰がすぎる。
への評価が乱高下し、自身が求めているが何かわからなくなり、との付き合い方に煩悶しているうちにが離れていった。
には知人や友人が大勢いる。
たったひとりと距離を置いた程度で彼女の周囲が急に寂しくなることはないので、身辺については何の不安もしていない。
むしろ以前は、とにかく彼女の世話を焼きたがる関兄妹や星彩や鮑三娘、趙兄弟の目を盗んで逢っていたのだ。
「姜維殿、やっと殿離れできたんだ」程度に思われていてもおかしくはない。
彼らの認識を真っ向から否定できないのは事実だが。



「ところで姜維様、私はいつ陛下にお目通り叶うのでしょうか」
「時期を見てとは考えている」
「姜維様の心広き仕置で命を救われ、仁の世を説く陛下のお志に私の目も覚めました。蜀を天下に導くに相応しい陛下に早く御目通りしとうございます」



 ぎゅうと体を寄せられ、女の柔らかな肢体に腕が包まれる。
女が纏う甘い匂いが鼻腔から脳に届き、思考すら甘い方向へ導かれる。
それはいけない。
まだ蜀へ降って日も浅い彼女を宮中に、しかも帝の御前に出すのは時期尚早すぎる。
北伐を渋る面々に彼女の有能さを知らしめることは重要だが、それは代えの利かない皇帝の命を危険に晒してまで行う無理ではない。
いつか必ず、しかしそれは一体いつの話だ?
姜維は女の体を振りほどくと、政庁とは真反対へ体を向けた。
いろいろなものが遠ざかっている気分になった。




そろそろ燃やされていそうだな



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