君のハートに投石車
おそらく初めから、私は狂っていたのだ。
いっけなーい遅参遅参!
明日は大事な話があるのでくれぐれも遅れないようにと念押しをされていた日に限って、いや、されていたからこその失態だ。
遅れでもしたら諸葛亮様にどんな顔されるかわかんない。
もし遅れちゃったら、その時はどう申し開きすればいいんだろう・・・。
そんなことを考えているうちに夜は当たり前のように刻々と更け、そして今だ。
ぐっすりとよく眠れた。
ついに始まった北伐に従軍することもなく成都で留守を預かっていただけだから特別疲労が溜まっていたわけでもないのに、たらふく寝てしまった。
どうしよ、いやもうどうしようもないんだけど、どんな顔して出仕すればいいんだろう!
見知った顔が誰もいないことを確認して政庁の角を最短距離で曲がった直後、私は何かに弾き飛ばされた。
「うわっ」「ぎゃあっ!」
いったーい致命傷致命傷・・・ではなかった、幸い!
こんなところで転げている場合じゃない、一刻も早く出仕して平静を取り繕わないと!
私を弾き飛ばした何かが、ううと呻き声を上げている。
えっやだ、もしかしてこいつ私を待ち伏せしていた不埒者?
私が遅れることも織り込み済みで張り込んでいたなんてなかなかの策士、素行には問題があるかもしれないけど改心するようなら諸葛亮様に推薦してみようかな。
よっこらせと起き上がり、不埒者を見下ろす。
趙雲様・・・ではない、似ているけど似ていない。
そもそも趙雲様なら私にぶつかるようなヘマはしないし、私も私に非があるかどうかはともかく脊髄反射で謝罪の限りを尽くしていた。
誰だこれ、知らない人だ。
それはそれで気まずいけどまあいいや、逃げよう。
私は未だに起き上がれていない不埒者を置き去りにすると、諸葛亮様が既に待ちかねているであろう政庁へと飛び込んだ。
転げて程良く身だしなみが砂埃で汚れていたのが、諸葛亮様の哀れみ感情に引っかかって功を奏したみたい。
諸葛亮様があまり怒らなかった。
怒る気にもなれませんと真顔で言われた。
意味合いが違うような、でもでも諸葛亮様が私に「やれやれ」といった顔を見せるのは今に始まったことではないので気にしないことにする。
ところで大事な話とやらは何でしょう。
いつ蒸し返されるかわからない遅参の糾弾から話を逸らしたくて、本来の話題を切り出す。
もしかしてもう終わっちゃってます?
恐る恐る尋ねると、諸葛亮様が困った顔をしてゆっくりと首を横に振る。
もしかして私が来るのを待ってました?
もっと恐ろしくなって訊いてみると、話の当事者が来ませんと帰ってくる。
なんと、私も結構な遅参ぶりを披露したけど私の更に上を行く粗忽者が諸葛亮様の麾下にいたとは思いもしなかった。
誰だろう、新参者かな。
自慢ではないが、品行方正な者ばかりが集う諸葛亮様の麾下で私はかなり異色の人材だ。
どうしよう、私の立場がなくなってしまうかもしれない。
「、あなたにもそろそろ先輩としての自覚を持ってほしいものです・・・」
「やだぁ諸葛亮様、私なんて厳しすぎる諸葛亮様の政庁に咲く一輪の可憐な花みたいな役目で充分ですから! もしくは同僚間の仲を取り持つ松脂?」
「申し訳ございません丞相! 道中、突然投石車から放たれた巌のような人物と遭遇してしまい・・・」
「そうですか。姜維、その巌とはのことではありませんか?」
「え~やっだぁ諸葛亮様ってば、いくら自分の可愛い部下とはいえうら若き女人を巌呼ばわりなんて月英様に言いつけちゃ・・・げえっ不埒者!」
「姜維、あなたはしばらくの間と共に職務に励みなさい。は見ての通り裏もなく、余計な気を回す必要もありません・・・」
「諸葛亮様、自分の可愛い部下のことそんなに凡愚みたいに言って悲しくなりません? 諸葛亮様が凡愚雇ってるってことになっちゃうんですよ」
「事実です」
「事実なのか・・・」
「ちょっと、後輩の分際でいきなり納得しないでくれる?」
「、凡愚という言い方はやめなさい」
「はーい」
最悪だ、史上最悪の後輩が爆誕してしまった。
ぜんっぜん可愛くない、私よりも睫毛が長いし髪も綺麗で腹が立つ。
私は胡乱げな目でこちらを眺めてくる姜維とやらへ、ぶっそりと挨拶した。
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