愛憎は胎の中
打算あっての歩み寄りだ。
彼女が真に目的としているものに気付かないほど凡愚ではないし、特定の感情に曇らされてもいない。
しかし、わかっていてもなお握られた手を振り解くこともできないのは、今が念願成就の瞬間だからだ。
ようやく寄り添われた感情を拒絶できるほど、己の下心も情念も薄くはない。
それらもすべて理解した上で、彼女はこうして身を差し出しているのだ。
大した覚悟だと感心する。
「ご自分が何をなさっているのかおわかりか」
「餓狼の前に身を投げ出しているという状況ならば、とうに」
「ならば、相応の振る舞いをしていただきたいものですが」
「今更睦言を紡げるような仲でもありますまい。そのようなもの、口にしたところで司馬懿殿には」
指摘のとおり、かつて命をも狙った相手にこの期に及んで何を告げるというのだろう。
何を言ったところですべては上滑り、だからと言って憎まれ口を甘んじて受けるつもりもない。
もう、何も隠さなくていいのだ。
牙も欲も、彼女はすべてを受け止める。
そんな彼女だから愛してしまったのだ。
いっそ、何も知らないただの深窓の公主ならば良かったのに、握り潰すべき命が美しかったばかりに、愛してしまったのだ。
司馬懿は、塞いだばかりの唇に吹き込むように囁きかけた。
「ようやく、私のものだ」
それは、溶けるほど熱いのだ。(これの続きかもしれない)