盗賊と馬との追いかけっこ




 ヤンガスの古巣は大変だ。
町中が迷路のように入り組んでおり、住民達も人相の怖い人が多い。
しかもそういう人々に限ってじろじろとゼシカとをなめるような視線で眺めてくる。
ゼシカは持ち前の眼力で跳ね返してはいるが、そんな特殊なオプションをつけていないは視線にさらされるがままである。
それでも彼女がまだ嫌悪感なくこの町を歩いているのは、ヤンガスの故郷であるからと、
の並々ならぬガードのためであった。
が、事件はやっぱり起こってしまう。






















 「わしは酒場でくつろいでおるからの。
 おぬしら、供をせい。」

久々に街中をうろつく事のできて妙にテンションの高いトロデ王は宿へ着くと早速、
隣接された酒場へ足を踏み入れる。
王が行くのだ。
当然のように供になるは場所の傍から離れないの方を振り返る。





も行かない?」


「ううん、私はいい。お姫様とちょっと一緒にいたいんだ。」





そう言って姫の頭を優しくなでると、姫も気持ち良さそうにいななく。
そのほんわかと和んだ雰囲気に戦闘に次ぐ先頭で疲れたは癒される。
そうして王と達が酒場に入って数分後、突如外で馬のいななきが聞こえた。
ついで馬車を引く音。
慌てて達が外へ出た時にはもう、馬車も姫も、そしてもいなかった。



























 は馬車の中で眠っていた。
ひたすら眠りについていた。
だから姫と自分が乗った馬車が何者かによって売り飛ばされんとしている事も知らなかった。
がようやく目を覚ましたときにはすでに商談は成立した後だった。
そして彼女は目を見開いた。
今、まさに姫と馬車が町の外へと走り出し、自分の愛用のマグマの杖までもが売られんとしていたからだ。




「あぁ、目が覚めたんだなお嬢ちゃん。
 いやぁ、この杖いい・・・。」

「それに触らないでっ!! それは私の杖よっ!!」




すっくと立ち上がって懸命に叫ぶ彼女の可憐さに店の店主は多分に見惚れながらも、
彼女の訴え自体には耳も貸さず、いかにもこそ泥のような男に現金を渡そうとしている。
このままでは杖が他人の手に渡ってしまう。
そう悟ったは頭で考えるよりも前に、口から呪文が紡ぎ出された。




「安らかなる世界へ誘え、ラリホー!!」



あっという間にすやすやと眠りについた2人の手から杖をもぎ取り、は町の外へ駆けながら続けて呪文を詠唱する。




「その風は疾風の翼、ピオリム!!」












 途端に素早さが倍増したは外に出るとすぐさま西へと駆け出した。
達がこのパルミドにたどり着いた時の道とは逆の方向だ。
以前地図を見た時に向こう側に草原が広がっていたという記憶がある。
は夢中で走った。
途中何度か見た事もないよう生物が大量に出現したが、彼女は足を止めることも、
歩調を緩める事すらせず、何やら呟いた。
すると彼女がいた辺りで大規模な爆発ないしは火柱、果ては吹雪という超常現象の数々が起こった。
全て彼女の発動した呪文の影響である。
とにかく彼女は走って走って、ようやく目の前に馬車が見えてきた。
それが間違いなく姫の引いているそれだと確信したとき、はほっとしながら大声で馬車を呼び止めようとした。
が、口に手を当てたとき、彼女は視界の隅で何かが動くような気配を感じた。
魔物である。
魔物が突然馬車を襲った。と、同時にがその間に飛び出した。








「怒りの魂よ、炎となれ、メラミ!!」
















彼女が呪文を発動したのと、魔物がに襲い掛かったのと、馬車を操っていた者が
彼女の方を振り向いたのはほぼ同時の事だった。
彼女の放った火球は狙いあやまたず魔物に直撃したが、魔物のその鋭い爪もまた、彼女の足を薙いだ。




「痛っ・・・。」





ピオリムのためかたいしたダメージを受けることはなかったが、はその痛みに思わずへたり込んでしまう。




「聖なる光よ、癒しの祝福を、ベホイミ・・・。」



何とかこらえながら自らに回復呪文を施す。
それでも痛みが引くことはなかったが、いくらかはましになったようだ。
するといきなり、彼女の方に暖かい息を感じた。
ゆっくりと振り向き、それが姫のものだとわかりほっとする。





「大丈夫かい? ・・・といってもその怪我で平気な訳ないか。
 あんた、助けてくれたんだね。 ありがとう。
 全然気付かなかったよ。」



姫の背後から現れ、座り込んでいるに手を差し出しながらその女性―――――、おそらく姫と馬車を買い取った人が言った。
はおとなしく女性の手を借りながらゆっくりと立ち上がった。


「見た感じこの馬の持ち主みたいだね。 まぁいいか。
 この先にあたしの家がある。
 どうせその怪我じゃ町にも戻れないし、休んでいきな。
 礼もしたいし。」




決して口は良くないが、存外心根の優しい女性だとは思った。






















 その頃達はトロデ王共々ヤンガスの知り合いであり、稀代の女盗賊、ゲルダの家へと走っていた。
彼らが町で得た情報によれば、馬車の中に眠っていた少女は杖を返せとか言いながら何かを呟いた。
目が覚めたらその杖も少女もいなかった、ということだった。
ついでに同じ頃、ものすごいスピードで西へと駆けて行く天使を見たという証言もある。
これもおそらくの事だろう。
は気が気でなかった。
大切な姫だけでなく、までもに何か危険が迫っていたら・・・。
そう思うと自然と走る足も早くなるのであった。



ところで、彼らがゲルダの家へ向かう途中、至る所に爆発があった跡や、草原の1ヵ所が丸く焼け焦げている所、
魔物達が見事に氷漬けになっているなどのありえない現象が見られた。





「あの呪文の波動はでしょ・・・。
 爆発も、焦げてんのも、氷漬けも、あの子の仕業でしょ・・・。」


「さすがは俺の。よくもまぁ、こんなにあれこれと連発したもんだな。
 途中で倒れてなきゃいいけど。」




縁起でもない事を言ってのけるククールの一言にのさみだれ突きが決まっていた。




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