3大宝石 女神の涙
女盗賊ゲルダと、馬姫もといミーティア姫を魔物から見事に救ったは、そのゲルダの家にて静養中だった。
こざっぱりとしたなかなか趣味のいい部屋の調度品の数々は、やはり盗賊という生業から手に入れた、
いわば彼女の戦利品なのだろうか。
ゆったりとしたこれまた座り心地のいい椅子に腰掛けながら、はきょろきょろと辺りを見回した。
と、そこにいきなり聞き慣れた声が外から響いてきた。
「はここにいるんだろっ!?
彼女はっ!?」
「、一応ここには姫様も・・・。」
「それもそうだけど! がっ!!」
がやがやと騒がしい中、は外に行こうか行かまいか迷っていた。
が、彼女が考えている間にどうやら見張りの男を強引に突破した達が部屋へと乱入して来た。
スーパーハイテンション状態になっていた彼は、目の前で目を丸くしてこちらを見つめている、
の無事そうな姿を見てほっとした。
そんな非常に危うい状態だった彼を、今まで粘りに粘って応戦してきた見張りの男の度胸もたいしたものだ。
「・・・。
勝手に突っ走っちゃってごめんなさ・・・。」
「良かった無事で!! いろいろ呪文使ってたみたいだから、どうなるかと思ったけど・・・。
見た所怪我ひとつないみたいで・・・。」
そう言って彼はの身体をひととおり眺めた。
顔も一目惚れしたあの時から全く変わらない可愛いままだし、
両手も真っ白で今にも折れそうだが、そこは自分が身を挺して守ってきているのだから別状ない。
足も・・・。
「、怪我、したの?」
丁寧に包帯を巻かれている彼女の足を見て、痛々しそうに顔をしかめは上目遣いでに尋ねた。
多少大げさだとは思ったが、命の恩人なんだからと惜しみなく包帯を使ってくれたゲルダの好意に甘えて処置してもらってはいたが、
それはにはあまりにひどい大怪我をしているように見えたのだろう。
実際はもう、の回復呪文でだいぶ治っていたのだが。
「あ、あのね、ゲルダさんとお姫様が魔物に襲われそうになって・・・。
それで思わず・・・、前に飛び出しちゃったの。」
だってそうしないと呪文も届かなかったし、杖で叩こうと思っても・・・、と弁解を続けるをよそに、
は不意に立ち上がるといつからか部屋の柱の影から事を眺めていたゲルダの元へ、
ヤンガスを伴って歩み寄ると、なにやら交渉を始めた。
「あの子に助けてもらったんだよ。
強いんだね、あんたたちは。」
「ゲルダ。あっしらにあの馬と馬車を返してくれでやんす。
アニキの大切な方でがす!!」
声を大にして懇願するヤンガスをゲルダは見下すようにしながら、それでも案外笑いを含んだように言った。
もちろんその笑いは嘲笑であるのに違いない。
「あたしも鬼じゃないからね。借りもあるわけだし。
いいよ、こっからちょっと行った所にある剣士像の洞窟の『ビーナスの涙』を取ってきなよ。
そしたら考えてあげてもいいけど。」
それがゲルダの精一杯の優しさなのかもしれない。
は勝手にそう解釈すると口を開いた。
「わかりました。
じゃあ僕達が行ってる間、をよろしくお願いします。」
怪我をしている子を連れて行けるはずがありませんし、ましてやそれがなんて尚更。
と、心配そうで、いかにも過保護そうな顔で言う彼にゲルダはあぁ、と小さくうなずいた。
もとより彼女もその気だった。
ここから洞窟までも結構な距離があるし、あの洞窟内も強敵だらけだ。
いくら呪文を連発してもぶっ倒れないでも、万全の状態でないのだから逆に行っても危険に晒されるだけである。
は不安そうな顔でこちらを眺めていたも元へ行くと、優しく言った。
「今からここから先にある洞窟に、『ビーナスの涙』を取ってくるから、はここでじっと待ってて。」
「え!? 私も行くっ!」
いやいやと首を横に振るは必死に彼の言葉に反抗する。
けれどもそんなのが彼に通用する訳がなく。
「こればっかりは駄目だよ。
だってはもう充分魔力を使ってるし、その怪我じゃ危ないだけだよ。
大丈夫、絶対無事で戻ってくるから。」
彼にまっすぐと見つめられ、真剣に言われたからには、はもう言い返すことも出来なかった。
剣士像の洞窟へと早速旅立つ彼らの背に向かって、小さく気をつけて、と言い、
お守りがわりにトヘロスの呪文を唱えるだけであった。
そのせいか、道中全く魔物と対峙しなかったのだから、お守りとしても効果は充分に果たしただろう。
が抜けたパーティーでの戦いは難儀した。
仲間随一の魔力を持つ彼女がいないのである。
ゼシカだけでは、とても彼女の穴を埋めることはできない。
それでも彼らは一生懸命に戦った。
彼女が命も顧みず、姫を助けたように。
無事に帰ってきて、と涙目で訴えた彼女の願いを叶えるためにも。
彼らの思いはこのように多少大げさであったり、一部の人しかそう思っていなかったりするのだが、
とりあえずの目標はただひとつだった。
『ビーナスの涙奪取・そしてと無事に再会』
その目標は主にヤンガスの頭にたんこぶが出来たり、光り物が好きなボスにククールの髪がめちゃくちゃに破壊されそうになったり、
というアクシデントがありながらも、見事に果たされた。
今、の手には、この世のものとは思えない、とても美しい光を発した涙がある。
それこそまさにビーナスの涙。
ゲルダが望んだのもよくわかる、この世にふたつとない宝だった。
宝を手に入れた達がこの薄気味悪い洞窟にいる必要はもはやない。
早々とゼシカがリレミトの詠唱を始める。
淡い光に包まれた彼らは、次の瞬間荒れ果てた大地、つまり洞窟の外にいた。
「ーーーーーーっ!!」
「っ!? 帰ってきてくれたのっ!?」
少々のかすり傷をこしらえたがゲルダの家の外でずっと彼らの帰りを持っていたらしいに抱きつかんばかりに駆け寄る。
否、本当に抱きついたのだが。
顔を真っ赤にしながらを何とか普通に見えるようにしようと努力をするを手助けするように、
ククールがの身体をべりっと引き剥がす。
不満気を前面に押し出した顔でがククールと睨みつけると、なぜだか硬直したククールが苦笑しながらその場を離れる。
は改めての方を向いた。
「ただいま。ほら、大丈夫だったでしょ。」
「・・・かじゃないもん・・・。」
「え?」
「大丈夫なんかじゃないもんっ!!
こんなにいっぱい怪我して・・・!!
すっごく心配したんだよっ!
あの洞窟の魔物は強いって聞いてたから。
・・・達が、本当に無事に帰ってこれるかどうか、すごく怖かったんだもん・・・。」
達、と生憎の複数形だったが、それでもはがそうまで自分の事を心配してくれていたのかと思うとちょっぴり嬉しくなった。
手を出して、という彼女の声に従い目の前に傷が少しついた手を差し出す。
その手がふわりと暖かいものに包み込まれる。
の手だ。
「聖なる光よ、癒しの祝福を、ベホイミ。
・・・あんまり、無理しないでね。」
そう言うとは今ではすっかり傷の癒えたの手をさらにぎゅっと握り締める。
痛い? と小首を傾げて尋ねてくる彼女にはちょっとだけ、と笑って言った。
リーダーがあんなにでれでれしているのでまるで役に立たない、と思ったヤンガス達は、
同じくあまりのの溶けように呆れ返ったゲルダに馬姫返還の交渉を始めた。
最初は渋っていたゲルダだが、彼女も約束は守る、というか宝石の美しさには、
さしものトロデーン城が誇る歌姫も負けると思ったのだろうか、あっさりと承諾してくれた。
こうして無事に姫とも再会できたトロデ王は、涙を流してその再会を喜ぶし、はでに洞窟での出来事を事細かに話している。
彼の話した冒険談をかいつまんで要約してみると、やはりがいないと寂しかった、と言う事だ。
そんな冒険談はいらない。
「ゲルダさんって綺麗な人だよね、ヤンガス。
知り合いなんでしょ、昔っからの。」
「、それはゲルダが教えたんでがすか?」
「そうだよ。ゲルダさんね、ヤンガスのこと褒めてたよ。
ああやって誰かのために頭まで下げるなんて、あいつも少しはましになったんだねって。」
そう言うとはふふふとヤンガスに向かって微笑んだ。
ヤンガスの顔が柄にも泣く紅潮していたが、それを突っ込む事もせずにいたのはパーティー内ではだけができる優しさである。
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