束の間の平和
ドルマゲス進化形の攻撃は容赦なく続いていた。
太い腕でヤンガスの身体を床に叩きつける。
荒い息を吐いてはいるが、動くことのできない彼の元に、ククールがすぐさま駆けつけた。
残り少なくなった魔力に全てを任せ、自身の持つ回復呪文最高位の呪文で手当てを施す。
「ククール、後ろっ!!」
ゼシカの悲鳴とも叫びともつかない声と、ククールが吹っ飛ばされ、壁にめり込んだ音が同時に響いた。
基本お坊ちゃま育ちでしなやかな筋肉が自慢のククールにとっては、あまりに痛すぎるダメージだった。
守備力増強呪文を唱えてもこの有り様である。
達の攻撃など効いているのか怪しかった。
「っ、大丈夫!?」
ドルマゲスの攻撃を紙一重でかわしつつ、果敢に反撃を繰り返すの隣でが身構えた。
傷ついた彼の体を癒し、次いでドルマゲスを眼光鋭く睨みつける。
まだまだ魔力のあり余っている彼女はいくらでも呪文を発動する事ができた。
まるで底がないかのように呪文を連発する彼女に達は驚きもしたが、今はむしろのこの魔力の豊富さに救われている。
「、ドルマゲスはまだ完全体じゃないわ。
奴が攻撃を仕掛けてくるだけ私達も傷つくけど、完全でないあの体もそれなりにダメージ受けてる。」
「僕達あっちこっち傷つけたからね。・・・じゃあさ、、僕にバイキルトかけて。
それで僕がドルマゲスに突っ込むから・・・、はその時にイオナズン最大限で唱えて。」
淡々とした口調で作戦を指示するだったが、は彼の言葉に思わずその顔を見つめた。
確かにのずば抜けた攻撃力と自分の魔力を総動員したイオナズンを合わせてドルマゲスに与えれば、この戦いに終止符を打つことも可能だろう。
しかし、敵の懐に飛び込むがいるにもかかわらず、ちょうどそのタイミングで呪文を発動させる事は無謀な話だった。
ドルマゲスはおろか、まで重傷を負いかねないのだ、
の不安がわかったのだろうか、は彼女の顔に自分の顔を近づけた。
の頬を柔らかくて暖かい何かがかすめた。
耳元で囁かれる声。
「・・・僕を信じて。」
はそう言ってにふっと微笑みかけると、ドルマゲスの方を向き剣を構え直した。
そのまままっすぐ突撃していく。
流れかけた涙に気付き我に返ったは、の作戦通り彼にバイキルトの呪文を駆けた。
高く跳躍する。ゼシカがなけなしの魔力で放った幻惑呪文で視界が遮られたのだろうか、
ドルマゲスはの姿にまったく気付かない。
あと4秒、あと3秒、ときたところでは早口で詠唱を始めた。
「太古の光よ 今ここに蘇り その怒りを地に注げ イオナズーン!!」
の剣がドルマゲスの心臓を貫いた時、今までのそれとは比べ物にならないくらいのあらゆるものを巻き込まんとする超爆発が起こった。
断末魔の叫び声を上げその肉体を崩されていくドルマゲス。
もまた、この絶体絶命のピンチにもはや命を捨てていた。
こんな大爆発に巻き込まれて死なない人間がいるわけないじゃないか。
この世にはまだまだ未練がたくさんあるけれど、城は元に戻るし、王と姫の呪いも解けるなら結果オーライだ。
はそっと目を閉じた。思ったより身体への衝撃が少ない。
爆発が止み、重力に従って床へと落ちていくはなんとか片膝をついた。
やはり身体は悲鳴を上げていない。
どうしてだろうと思い辺りを見回そうと顔を上げた。
と、彼の身体が暖かい何かにぎゅっと包まれた。
ひっくひっくとしゃくりあげる声が顔の隣でする。
頬に触れるこげ茶色の髪がくすずったい。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね・・・っ!!」
何度も謝り、何度も回復呪文をかけるを見てはほっとした。
さすがにあちこち破けたり、ほんのちょっとの怪我も見えるが、さしあたってのひどい怪我などは見られない。
「私やっぱりが心配で・・・、だから・・・っ!!」
「だからマジックバリア張ってくれたんだね・・・。ありがとう。
これで王や姫の呪いも解けるはずだよ・・・。」
人心地ついたがの体を抱きしめ返した時、背後でトロデ王の声がした。
達はもしやと思って後ろを振り向くが、期待虚しく彼と姫の姿はまだ化け物と馬のままだ。
「おっさん、姿戻ってないでがす。どういう事でがすか?」
「むぅ、なぜじゃ。おぉ、そういえばあの杖はどこにある。
あれは恐ろしいものだからのぅ。触るなどということは絶対にや・・・。」
トロデ王が話している時、背後でドンとものすごい音がした。
何事かと思い音のした方を見やる。
そこには杖を手に持ち妖しく微笑んでいるゼシカの姿があった。
最悪の事態が起こり呆然とする達。
ククールが舌打ちして、ゼシカの傍へ寄ろうとする。
「おいゼシカ、それ早く離せ。そいつはお前が持つようなやつじゃない。」
彼の言葉を聞き杖を下へと降ろすゼシカ。
しかし彼女の口元はにやりと歪められていて。
次の瞬間、ククールはゼシカの杖の威力によって弾き飛ばされ、ヤンガスとぶつかり2人もろとも床に転がった。
「ゼシカ!!」
友人の変貌に驚いたはたまらなくなって彼女の前に飛び出した。
の静止も聞かずに彼女の元に近づこうと歩を進める。
「ゼシカ、お願い、その杖を私に渡して。
それはゼシカが、ううん、私達が持つべきものじゃないの。だから杖を・・・。」
「邪魔なのよ!!」
「え・・・?」
ゼシカの放った言葉に足を止める。
辺りがしんと静まり返り、ゼシカの憎々しげに言う声だけが響き渡る。
「闇を忌み呪いを弾くあんたなんて邪魔な存在でしかない。
あんたがいなくならないんなら、私が消してあげる、永遠にね。」
ゼシカの振るった杖がを打ちのめさんとする。
しかしは動かなかった。いや、動けなかったのだ。
親友だと思っていた人に、たとえ悪に心が乗っ取られていようと、『いらない』、『邪魔』と言われた。
悲しくて切なくて、は耐え切れなくなって目を閉じた。
涙が溢れてくる。止まる事を知らない涙は次から次へと床へと零れていく。
「さよなら。」
ゼシカの声、唸りを上げる杖、ガキンという剣と何かが交錯する音。
頬を伝う涙を拭う事もせずゆっくりと目を開ける。
すると杖の動きを止めようと必死で剣で抑えているの姿が目に飛び込んできた。
は渾身の力を込めて杖を押し返した。
「あんたも、所詮は一緒になんてなれない子なんて庇って何がいいのか。」
「・・・仲間を傷つける奴は、それが友人であろうと許さないっ!!」
の叫び声を聞き薄く笑ったゼシカは杖を一振りした。
体が宙に浮かび上がり、そのまま消える。
が倒れたのはそのすぐ後のことだった。
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