離別 ー別れー
サザンビークの宿屋へと舞い戻った達は大わらわだった。
ゼシカ変貌及び脱走の直後に倒れ付したの介抱に、ゼシカの行方の聞き込み、男だらけの所帯にはかなり骨の折れる仕事だった。
の看病については、何が原因かもいまいちよくわからないので、とりあえず教会のシスターを呼んで様子を看てもらっている。
「兄貴っ、ゼシカはどうやらこの先の関所を越えた所にある町に向かったようでがす。」
「リブルアーチって言う、石工達の多く住まう町らしいぜ。」
「ありがとう。・・・じゃあちょっとの様子看ててくれるかな。
疲労が溜まってるみたいなんだ。」
そう言って宿を出ようとするの背中にククールは、彼にしては珍しく慌てて、おいと声をかけた。
「お前ほったらかしにしてどこか行くのか?
それでもこいつの事好きだって言えるのかよ。」
「の具合は良くなんないよ。だから今からあそこの泉に行って水汲んでくる。
あれなら他のどんな薬よりも効くはずだよ。」
は空にした聖水の瓶を手に取って振ってみた。
言われてみればそうだ。
あの万能薬よりも効き目抜群な泉の水の力なら、もあっという間に回復してくれそうだった。
彼の意図を知りほっとするヤンガスとククール。
ヤンガスはまた情報収集に飛び出して行き、ククールは足音を忍ばせての部屋へと向かう。
控えめにドアをノックすると、中からどうぞと細い声が返ってくる。
「具合はどうだ? 今が泉の水汲みに行ってる。
それ飲めば少しは治るだろうって。」
「・・・そうだね・・・。」
普段から透き通るような白いきめ細やかな肌を持つの顔は、今はまるで血が通っていないかのように青白い。
自慢の声には張りもないし、何よりあの輝くようなオーラが消えてしまっている。
ククールは微かに笑うの顔を見て、これはかなりきてるんじゃないかと一瞬で悟った。
「ゼシカ・・・、今どこにいるんだろ・・・。
1人、なんだよね。」
「ちょっと先の町にいるそうだ。・・・でも、今はお前の身体がいちばん大事だ。
しっかり休め。」
ゼシカの居場所を聞いた途端に身を起こしかけたの身体を再びベッドの中に押し倒す。
と、後ろからドアのかちゃりと開く音がした。
嫌な予感がしたが、ここはあえて堂々とする事でその場をやり過ごそうとするククール。
何事もなかったかのように椅子から立ち上がると、部屋の入口に突っ立ったままのの横を通り過ぎ、彼の耳元で小さく囁いた。
「その水でもは治んねぇぞ。」
「!!」
慰めるようにククールに肩を叩かれ、は思わず手の中の瓶を落としそうになった。
そんなに重症だったのだろうかと暗い気持ちになる。
あの時弾き返したはずの呪いが、実はその華奢な身体に突き刺さっていたのだろうかとも考えてみる。
ドルマゲスの放つ呪いの凄まじさはよく知っている。
城中の人々を植物人間にし、王や姫の姿を化け物や馬にしたほどだ。
もしそんな呪いがにもかかっていたら、そう思うとは今度は落としかけた瓶を強く握り締めた、
何がなんでも治さなくてはいけないのだ。
入口で固まったままのを不思議に思ってが体を起こした。
「・・・? 心配かけちゃってごめんね。
でももう平気だから・・・。」
「、今すぐこれ飲んで。はあの時呪われたかもしれない、だから早くこれ飲んで。」
枕元に置いてあったコップに半分ほど水を注ぐと、はにぐっと差し出した。
コップを困惑げに見つめる。
いつまでも彼の手から器を受け取ろうとせず、ただじっと彼を見上げた。
「、私は呪われてなんかないよ。至って健康そのものなの。
だから今すぐにでもゼシカに会いに行こう? ゼシカは今も1人だよ?」
「ゼシカの事は置いといて・・・、僕はを心配してるんだ!!」
の言葉には悲しげに瞳を曇らせた。
彼女の表情を見てはかっとなる。
どうして、そうしてこんなに心配しているのに、そんな悲しげな顔をするのだろうか。
自分は誰よりもの事を大切に思っているのに。
はコップの水を口に含んだ。
いまだに上半身を起こしたままのの両肩に手をかけ、そのまま自分の身体ごとベッドに倒れこむ。
の唇に乱暴にかぶさるのそれ。
口越しに移された冷たい液体を嚥下する。
身体の奥から元気になるような不思議な力を持つその水は、間違いなく呪いを解く泉の水だった。
息苦しくなり思わずの背中を叩くと、はそれに気付きようやく唇を離す。
一瞬目を逸らし、もう1度の顔を見てはおのが目を疑った。
確かの彼女の頬にはいくらか血の色が戻ってはいる。
しかし、彼女の真っ黒な双眸からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちていたのだ。
途切れがちに聞こえるの声がの耳に響いた。
「・・・はわかってない!! ・・・ゼシカはっ・・・、ゼシカは私達よりも苦しいの!!
なんでわかんないの、わかろうとしないの!?」
「、でもゼシカは杖の力で「杖の力で操られてるだけなのよっ!!」
いつにないの強い口調には黙り込んだ。
彼女がこうまで激情する、自分の知らない理由を知りたくもあった。
「ラプソーンっていう大魔王に心も身体も乗っ取られて、本当のゼシカの心は今居場所がないのよ?
それなのに、どうしてゼシカの事を心配しようとしないの?
今ここにちゃんと存在してる私よりも、どうしてゼシカの事を気にかけてあげないの?
どうして・・・!!」
そこまで言うと、は両手で顔を覆った。
彼女自身も悔しくてたまらなかったのだ。
こうなる事を未然に防げなかったのか。
『ラプソーン』と『レティス』という生き物の存在があったことを知っていたのに、なぜ最悪の事態を予想できなかったのか。
本当に助けを必要としているのはゼシカの方なのに、どうしてタイミング悪く倒れてしまったのか。
・・・どうして愛する人の愛しさに満ち溢れた行動に素直に喜べないのか。
脳裏に蘇るのは、かつて修道院で出会ったサーベルトと、ゼシカの最後に放った言葉。
『―――少し気が強いけど、本当はすごく優しくて、思いやりのある子なんだ。』
『邪魔なのよ。』
「いや・・・っ、もう私を必要としないで、私を好きにならないで・・・!!」
「っ!!」
ククールの言っていたの病が治らない理由はすぐそこにあった。
が見えていなかっただけなのだ。
ゼシカの心中を思うあまりには倒れ、ゼシカの身を案じ自分の不甲斐なさを呪ったためにはこうなってしまったのだ。
すべてが彼女に1人に重く圧し掛かっていた。
は自分のやった行為がとても愚かしいものに思えてならなかった。
傷ついている彼女にさらに傷つけるような強引な事をして、そこまでして自分の得たかったものはなんだったのだろうか。
彼女の気持ち1つ思いやれない自分に、彼女と共に育む愛など生まれるはずがないのだ。
ほんの何分かのせいで、自分の犯した過ちのせいて、との友情、愛情、言い表す事のできない今まで2人で築き上げてきた感情が、
音を立てて崩れ去っていくのをは確かに感じていた。
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