奪還作戦最前線
と喧嘩したせいか、の調子はかなり元に戻っていた。
もちろん変わった事もいくつかある。
1つに、ゼシカがいない事。もう1つはとの無意識無告白バカップルの関係に亀裂が生じた事である。
自分達が目を離したほんの10分かそこらに何が起こったのか知らないヤンガスとククールは、この2人の水面下での冷戦に大きな不安を抱いた。
「おい、お前と何かあったのかよ。」
「・・・別に。」
「別にって・・・。泣かせるような事したら、俺ら彼女を奪うぞこら。」
「何言って・・・。
・・・・・・欲しいなら恋人にでも奥さんにでもしたらいいよ。関係ないし・・・。」
冗談めかして言ったにもかかわらず、無茶苦茶本気で譲渡案を出したの態度に、ククールは呆れる前に怒りを覚えた。
興味なさそうにすたすたとリブルアーチの方向へと歩いていく彼の襟首をぐいっと掴む。
引き止められたはむっとして後ろを振り返った。
「何するんだよ。服が伸びちゃうじゃないか。」
「ならもっと身長伸ばせ。お前ももう少し大人になれよ。
いつまでそうやって意地張ってんだよ。」
「どうしたの?」
美しい顔を怒りに染め、に掴みかからんとするククール。
と、その時、2人の背後からの声が響いた。
彼女と目が合った瞬間、はぱっと顔を逸らした。
が、は彼の行動に気付かなかったのか、はたまた無視したのか、まったく気にせずに遠くを指差した。
「ほら、あれがリブルアーチでしょ?
こっからでも石像見えるもん。・・・あそこにゼシカいるかな。」
「あぁ、ヤンガスのリサーチによると、ゼシカ(悪)はそこの町に向かったらしい。」
「じゃあ早く行こう? ここで道草なんてしてらんないよ。」
そう言うや否や、はぱっと走り出した。
ここにゼシカがいるのなら、どうにかして彼女を元の彼女に戻したかった。
リブルアーチの街並みの中でもひときわ目立つ屋敷、魔術師ハワードの家には1人の不幸な下男チェルスがいた。
こんなのどこに惹かれたのか、獰猛なだけが取り得のハワードの愛犬、レオパルドの世話を言いつかってはや半年。
普通の人ならとても耐えられないであろうこの仕事を、黙々とこなしていたのは彼の性格がいかに穏やかなのかをよく表していた。
「チェルス、レオパルドの餌はちゃんとやったか。」
「はぁ・・・、今からですが・・・。」
「たわけ!! レオパルドが腹をすかせて飢え死んだらどうする!
とっとと持って行かんか!!」
恒例の主の雷が落ち、チェルスはあたふたと屋敷の外に出た。
が、扉の所で巨体とぶつかる。
「うおぉっ!?」
「わぁっ!」
腹に弾き飛ばされ床へ吹っ飛ぶチェルス。
せっかくの豪華な餌が散らばってしまう。
「すまねぇでがす、兄ちゃん。平気でがすか?」
「はぁ・・・。ああ、すみません、余所見してて・・・。」
「余所見なんてしてないだろうが。
おい、ここの主人は魔術師らしいな。」
こぼれた餌をチェルスと一緒に拾い上げながら、ククールは尋ねてみた。
するとチェルスは顔を輝かせて嬉しそうに頷く。
「はいっ。ハワード様はご立派な魔術師です。
あ、ハワード様なら今、2階のご自分のお部屋に篭もっておられますが。」
「そっか、ありがとう。みんな、行こう。」
外へ出て行くチェルスを見送ると、達はハワードのいる部屋へ向かおうとする。
チェルスが頭を下げての横を通り過ぎた時、は彼の身体から不思議な力を感じた。
過去にも感じた、賢者の血の気配とでも言うのかもしれない。
もしかして、と思いハワードの相手を達に任せ、自分はこっそりとチェルスの後に続く。
特別な力など持っていない、魔力の欠片もないような、ごくごく普通の風采の上がらない男。
だがは自分の直感を疑うことはできなかった。
「どうしたんですか、あなたもハワード様に用があるのでは?」
「あ、私はいいんです。
・・・あの、最近何か変わったことってありませ・・・」
突然屋敷の中から叫び声が聞こえた。
バリンと割れる部屋のガラス。
チェルスはその光景を見て、顔を青ざめた。
「あそこは、ハワード様のお部屋・・・!!」
チェルスが指差した先からゼシカが現れた。
高らかに笑い、ふと下を見る。
彼女の目に映るのはとチェルスの姿だ。
ゼシカはクスクスと笑って言った。
「うふふ、お友達とは別行動だなんて、あなたの命もここまでね。」
ゼシカの手に持つ杖から黒い光線が迸り、とチェルスを襲う。
腰を抜かしてへたり込んだチェスルを背に、は反射的になにやら早口で呟いた。
の張った白い結界と、黒い光線が押し合いへしあいする。
がさらに結界に力を込めるとその分だけ威力が増す。
ゼシカは敵わないと思ったのか、舌打ちすると、結界から遠く離れた所で姿を消した。
本当はゼシカの力を使わせたくないのだ。
彼女が力を操られれば操られるほど、それだけゼシカ自身に負担がかかってしまう。
しかし守らなければ、こっちがやられてしまうのだ。
苦渋の選択で張った結界だったが、こんなものも急場しのぎにしかならない。
決定的な方法が欲しかった。
「っ!!」
屋敷から達とハワードとおぼしき派手な中年小太り男が飛び出してくる。
はの元へ駆け寄ると、どこかおかしな所はないかと辺りに目を走らせる。
きょろきょろと辺りを見回す彼に、は苦笑して言った。
「そんな所探してもゼシカはいないよ。
いなくなったよ。・・・また来るだろうけど。」
「そう・・・。怪我は?」
は首を横に振ると、後ろで腰を抜かしたままのチェルスに目をやった。
彼の方もどうやら怪我はなさそうである。
「さっきあの人・・・、ハワードさんと話してたんだ。
ここからちょっと行った先にある、ライドンの塔に行けば、ゼシカを助ける手がかりがあるかもしれないって。」
「そっか・・・。私、ここに残っててもいい?
ちょっと気になる事があるの・・・。」
「・・・わかった。・・・無茶しちゃだめだよ。」
特別な言葉を交わすこともなく、淡々と会話を進める2人だったが、それぞれの胸中は複雑だった。
今仲違いをしている場合ではないのに、1度開いた溝を埋めるにはそれ相応の何かが必要なのだ。
しかしそれが果たしてなんなのか、2人にはわからなかった。
はククールとヤンガスを急き立てて塔へと向かっていった。
3人の背中を見送りハワードの方を振り返ると、彼は不審そうな顔でを見つめている。
妙な沈黙が流れた後、ハワードは重々しく口を開いた。
「その結界呪文は誰に教わった。わしの目はごまかせんぞ。」
「・・・本に載っていたのを唱えただけですよ。
それよりも・・・、私を2、3日弟子にしませんか? 飲み込みは早いと思いますよ。
特に友人の悪の世界から取り返す呪文とか。」
そう言ってはほんの少し微笑んだ。
嫌だと言われたらその方法をどんな手を使ってでも見つけ出し、実行に移すつもりである。
逃げ腰など初めから持っていない。
ハワードはの真剣な瞳を見てにやりと笑うと、ついて来いと一言言った。
短期集中弟子生活の始まりだった。
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