奪還作戦決行前日



　空をも貫く天へ続く塔に達はいた。
道はまだまだ遠い。
塔に入って軽く２，３時間は経っているはずなのに、今彼らがいるのはまだ半分ほどである。
魔女っ子２人を欠いた戦闘はたいそう効率が悪い。
打撃センスはあるが、この複雑難解な塔のシーソーのような仕掛けに混乱しているヤンガスは、本当に戦闘の時だけしかあてにならない。
ククールだって達の回復も１人でしなくてはならないので、精神的余裕があまりない。
結局は１人で忙しく立ち回っているのだが、彼の心中も実はズタボロだ。






「俺らさ、お嬢様方に任せっきりだったから苦労してんじゃね？」


「あっしもそう思うでがす。ゼシカももド派手に呪文ぶっ放してやしたからなぁ。」




ククールとヤンガスの言っている事もよくわかる。
今まで５人でチームワークよく戦ってきたから苦労らしい苦労をせずに済んだのだ。
肉弾戦では埒の明かない相手と対等に渡り合ってこれたのは、豊富な呪文を操る女性陣２人がいたからだった。







「なあ、お前やっぱり早いとことより戻せよ。
　このままじゃ俺らゼシカも奪い返せねぇって。」





いらいらいらいら。のストレスが音を立てて爆発した。






「んなの僕だってしたいさ！！
　でも最近訳わかんないし、僕の事好きなはずなのにキスしたら泣き出すし、
　あぁもう女心ってなんでこう複雑なんだよっ！！」



「あ、兄貴、落ち着くでがす！
　お、女心は秋の空って言うがすし・・・。」


「ちょ、落ち着けって。ほら、そんな武器振り回したら危ねぇだろうが！！」






の暴走はこのだだっ広い塔内にて行なわれた。
迫り来る予定だった魔物達もの狂乱振りにこそこそと身を隠す始末だ。
彼の後をククールとヤンガスが必死になって追いかける。
シーソーを昇ったり下りたり、階段をぐるぐる駆け上ったり、彼の暴走は頂上まで続いた。























　一方、の短気集中呪文特訓も厳しい教えを受けながら成立していた。
性格は悪いが呪文の腕にかけてはなるほど、など足元にも及ぶべくもないハワードの教授は彼女にとってかなり新鮮なものだった。
もっともハワード自身も、この正体不明の謎の小娘の秘める類稀な呪文センスに驚きっぱなしだったのだが。





「違うわっ、そこはこうもっとはっきりと高らかに！
　そんなものでは到底友人など救えんぞ！！」



「はいっ。ええっと・・・、
　『闇の力に捕らわれし者よ　汝のあるべき姿に還りて　今再び我らの前に　その清き姿を現せ！！』」






の足元の床がぼおっと光りだす。
光はやがて部屋全体を包み込もうとする。




「良かろう！！」




ハワードが大声で叫んだ。
これだけ唱えられれば、自分の力を貸す必要もないのではないかと思ってしまうほど上出来だった。
はふっと力を抜くと、近くの椅子に腰掛けた。
慣れない力を使うためか、最近妙に疲れてしまう。
抗う事の出来ない力に魔力が押さえつけられているような感じがしてならないのだ。
精神状態があまり良くないのも原因かもしれない。









「はぁー。」


「若い者が大きなため息なんぞつくな。
　このくらいで疲れてどうする。」




「すみません。・・・あの、チェルスさんとはどういう・・・。






　隣のきらびやかなソファーでくつろいでいるハワードにおずおずと尋ねてみる。
それにどうしても聞いてみたいこともあった。
それはハワードとチェルス、２人に関わるとても大切な事だった。





「チェルス・・・？　あぁ、あいつは屋敷の前に倒れていたのを拾ってやった。
　放ってもおけんからな。」



「その時彼に何か感じませんでしたか？」


「いや。ただの冴えない愚図な男としか思わなかったが。」







　はやっぱり、と思った。
彼は気付いていないのだ。
ハワードは、チェルスをすべてのものから守るべき存在であるのを。
は立ち上がると、真面目な顔でハワードに言った。






「あなたはお持ちの蔵書をよく調べてみてください。
　ハワードさんが守られる存在でなくて、守るべきもの。
　・・・後悔される前に、なるべく早く真実を知ってくださいね。」



「何を偉そうに・・・。おい、どこに行く！！」






ハワードは意味深な言葉を残し部屋を出て行こうとするを慌てて呼び止めた。
は微かに笑って言った。




「仲間が帰ってきた気がしたので、迎えに行くんです。
　コーチ、どうもありがとうございました。」





見てもいないのに仲間の気配を察している彼女の力は、もはや常人のそれではない。





























　「お。・・・。ちょっと俺らに愛のベホイミを・・・。」


「うっわ・・・、すごく疲れてるね。なにかあった？」





町の入口で出迎えたは、帰って来た達のぼろ雑巾のような体たらくに目を丸くした。
魔力も尽きてしまったのだろう、ククールの声に覇気はない。







「宿屋まで歩ける？　あぁ、トーポが落っこちてる。」





　応急処置のベホイミを施し、地を這うように宿屋へと歩く達の背中を不安げに見つめる。
塔で何があったのかは知らないが、きっととてつもなく強い魔物がうじゃうじゃいたのだろう。





「やっぱり私も行けば良かった。そしたらみんなの役に少しでも立てたかもしれないのに・・・。」



「いや・・・、僕達が今まで甘えてたんだよ。
　やゼシカの呪文の力に。」





ベッドに寝っ転がり天井を見つめたままが呟く。
ククール達の疲弊の原因が他でもない、自分のせいであることなどてんで気づいていない。
疲れている彼らに聞くのは流石にかわいそうだと思いながらも、は控えめに質問した。







「あの・・・、それで手がかりはあった・・・？」


「それがまったくないんでがす。の方はどうでがした？」



「私・・・？
　うん、ハワードさんのお屋敷でいろいろ探したりしたけど、実際ゼシカを前にして成功するかって言ったら五分五分かな・・・。」






　ゼシカと戦うにはあまりに頼りない援軍だった。
今の状態で挑み、かつの呪文が成功したとしても勝てる見込みは多くない。
だが達の心は決まっていた。
戦う以外にゼシカを取り戻す方法は見つからないのだ。





「明日、ゼシカを倒す。・・・いいね？」





どうせ来る日なら来遊よりも今週、明後日よりも明日がいい。
決戦前夜はこうして静かに更けていった。

























　ゼシカのターゲットは２人いる。はそう確信していた。
１人はハワードかチェルスのどちらか。そしてもう１人はである。
ターゲットが同じ地点に固まっているのはまずい。
それならを戦闘に参加させなければいいのだ。
今、彼女の身に災難が降りかかって一番困るのは自身なのだ。
すでに外で待っているはずのククール達の元へ行こうと少しだけ扉を開く。
の姿はまだない。
彼女が出てくると同時に自分も外に出て、何らかの手を打って彼女の行動を止めようとする。
が愛用の杖を手に部屋から出てきた。
彼女がの部屋を通り過ぎようと知る直前に大きく扉を開く。







「。」


「あ、・・・。おはよう、今日は頑張ろうね！」







「・・・頑張らなくていいんだ、君は。」





何の事だと思いきょとんとするに、は素早く身を寄せた。
ためらう事もなく彼女の鳩尾に衝撃を与える。





「え・・・っ！？」






小さく叫び声を発しその目が閉じられる。
は自分の身体に預けられたぐったりとしているの体を抱え上げると、ゆっくりと自分の部屋のベッドに横たえた。
気絶している彼女に背を向け、はぽつりと呟いた。







「卑怯な男でごめんね。」






　が知らないところで、ゼシカｖｓ男３人の熱い戦いの火蓋が切って落とされた。



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