天使の歌声
朝、ゼシカを倒すため外に出ようとしたところでと会った。
頑張ろうねと言うと、彼は何か呟いた。
腹に確かな痛みを感じて意識が飛んでしまった。
倒れる寸前、の悲しそうな顔が見えたけれど、彼は何を悲しんでいたのだろうか。
はぼんやりと目を開けた。真っ白な天井が目に映る。
視線を枕元に移し、不安げな瞳で彼女の顔を覗き込んでくるトーポを見て、ここがの部屋だとわかる。
「トーポ・・・。・・・私、行かなくっちゃ。
達は今ゼシカと戦ってるんでしょ!?」
は彼に語りかけると、部屋の窓からハワード邸の方角を見つめた。
世にも禍々しい悪の力の満ちたドーム状の結界を見て目を丸くする。
余計な者が入り込まないようにあんな毒々しい結界を張っているのだろうが、達はあの中でゼシカと戦っているのだ。
戦況は見るまでもなく、達が苦戦しているのだろう。
思いっきりアウェーで戦い、援軍が来る事もない彼らがこのまま戦い続けても、やがて力尽きるだけだった。
は机に置かれている彼女愛用の杖を手に取ると、ベッドから飛び降りた。
自分が助けに向かったところで果たしてあの結界の中に入る事ができるのか、にはわからなかった。
だが、このまま達がやられてしまうのを見ていたくはない。
はハワード邸へ駆け出した。
達は信じたくなかった。
数日前までは友人だと思っていたゼシカに殺されようとしている今のこの現実を。
女性の力とは思えない腕力で大の男を地面に叩きつけ、あらゆる最高位の攻撃呪文を連発してくる彼女に、達は手も足も出なかった。
地面に倒れ伏し、もはや動く事さえ敵わない彼らにとどめを刺すべく、ゼシカは杖を振り上げた。
為す術もなく、来たるべき死を観念する。
「・・・・・・、僕は君をあ 「みんなっ!!」
現れるはずのない愛しい少女の名を口にしたその時、の声が外から響いた。
彼女の声は結界をびんびん震わせる。
やがて結果以上にぼんやりと1つの白い影が浮かび上がった。
結界の中にか入れたことを確認すると、はゼシカに向けて杖を向けた。
杖の先から迸る白く輝く網のようなものがゼシカの動きを封じ込める。
放そうにも離れることのない網に気を取られているゼシカに背を向けると、は今度は達に向かって杖を向けた。
「すべての傷を癒し 自然の恵みを与えたまえ ベホマズン」
達の傷つき血だらけの身体を優しく包み込む光。
回復呪文最高位の呪文を受けた彼らの身体はすっかり元通りだ。
はなんとか立ち上がると、の瞳を見つめて言った。
「、ごめんね・・・。
僕は、君が傷つくのは嫌だったんだ・・・!!」
彼の苦しげな言葉を聞きはふっと彼に笑いかけると、彼に背を向けすぐにゼシカの方を向いて答えた。
「、心配してくれてありがとう。・・・ここからは私の役目よ。
・・・ゼシカ、あなたに届くかどうかわからないけど、私はゼシカに同じ歌を歌うわ。
あの日、・・・サーベルトさんに歌ったのと同じ。」
の言葉がゼシカの心の奥底に届いたのか、彼女の網を振り払う手が少し弱まった。
は小さく息を吐くと、目を閉じて静かに歌いだした。
伴奏なんてない、バックコーラスもない。
この歌が届くことがなく、自分がゼシカに殺される事になっても構わない。
忘れてほしくないのは、彼女を愛し、心配しながら生涯を閉じた兄、サーベルトの事だ。
楽しかった思い出も、彼がドルマゲスの手にかかって殺された時の悲しみも忘れてほしくなかった。
ただそれだけは、彼女には永遠に覚えていてほしいのだ。
は歌い終わってゼシカの傍に歩み寄った。
微動だにしない彼女の頬にそっと手をあてる。
「ゼシカ・・・、忘れないで、お兄さんの事も、ずっとずっと忘れないで・・・。」
が一生懸命にゼシカに言う。
ゼシカの杖を持っていない方の手がの腕を強く掴んだ。
骨が折れそうになるぐらいに掴むその力は、に対する憎しみがそのまま表れたようだ。
あまりの痛みに思わず顔をしかめる。
が見ていられずに2人の間に割り込もうとした時、ゼシカの口から微かに声が漏れた。
「・・やめ、て・・・・。を・・・・・・、傷つ・・・け・・・・・ないで・・・・っ!!」
「ゼシカ・・・・・!?」
を掴んだゼシカの腕が震えている。
とは顔を見合わせ、はっとしてゼシカを見つめた。
彼女の目からは狂気がなくなりかけていた。必死に心と悪が闘っているのだ。
ゼシカの目に涙が溢れてきた。
大声で彼女は叫んだ。
「サーベルト兄さん!! を・・・、私を・・・、お願い、助けて・・・・・!!」
心に偽りが消えた時、その者の願う力は他のどんなものにも屈しない力を宿す。
ゼシカの悪に打ち勝ち、それでも心の中で暴れ続けるものからを守りたいという願いもまた、奇跡を呼び起こした。
闇の結界が音もなく消え去っていく。
天からはキラキラと輝く光が降り注いできた。
とヤンガス、ククール、そしてとゼシカは確かに見た。
サーベルトがゼシカの腕をゆっくりと解いてやっているのを。
「兄さ、ん・・・。」
ゼシカの声にサーベルトは淡く微笑んだ。
彼女の手がから完全に離れた途端、ゼシカはその場に座り込んだ。
それと同時に杖も地面に転がる。
「サーベルトさん・・・、ありがとうございます。
ゼシカが元に戻ってくれたのは、サーベルトさんのおかげです。」
『私は何もしてないよ。・・・ゼシカの叫びと、君の歌声が聞こえたんだよ・・・。
君は、天使の歌声を持つからね。』
サーベルとはそう言うと再びゼシカの方へ視線をやった。
安心したかのように微笑むと、そのまま消えていく。
悪から解放された彼女だが、体力の消耗は激しい。
それもそのはずだろう、杖の力に操られ続けた彼女は、心身ともに悲鳴を上げていたのだ。
杖、とは小さく呟きその存在を思い出した。
ない。
ゼシカの隣に捨ててあった杖がどこにも見あたらないのだ。
ようやく杖を視界に捉えた時、彼女の表情は強張った。
ハワードの愛犬レオパルドが杖を口に咥え、低く唸り声を上げて今にも達に飛びからんとしていたのだ。
は咄嗟に立ち上がった。それと同時にレオパルドが高く飛び上がる。
狂犬の荒れ狂う鳴き声と、の高らかの呪文を詠唱する声が庭に響く。
事態に気付いた達が彼女達の方を振り返る。
バキィっと不気味な音がした。
何かが折れたような音の直後に、の悲鳴が迸った。
次いで小規模な爆発が彼女の周りで起こる。
「っ!!」
煙に巻かれながらもがくりと膝をついたの姿を見つけ、はなに振り構わず彼女の元へ駆け寄った。
レオパルドが空へ飛び去っていく中、彼は必死にに呼びかける。
焦点の会わない彼女の目になんとか自分を映すと、は虚ろな声で呟いた。
「杖・・・。」
のぼんやりとした瞳は、の先で火花を噴いている砕け散ったマグマの杖に注がれていた。
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