雪 雪 雪崩
ゼシカは夢を見ていた。
生きている兄が優しく微笑んでくれる夢だった。
ドルマゲスに殺され、もう逢うことのないと思っていたのだが、どういう僥倖か再び姿を現してくれた。
また自分は彼らと共に戦える。ゼシカにはそう思えた。
ゼシカ救出翌日、達はハワード邸に招かれていた。
の顔色が優れないのは、昨日レオパルドとの戦いの際に大事な杖を折ってしまったからである。
今度会ったらなんて言い訳しようと思い悩んでいる彼女だったが、もとよりこれから先、
彼女を杖を与えた人物に会わせようなどとは考えていないは、慰めるようにして言った。
「杖は今度買ったげるよ。」
「・・・いらない。扇使って攻撃するもん。」
どことなく冷たい風が吹き抜けている2人の隙間にゼシカは首をかしげた。
何かあったのか、もしかして自分のせいなのかと不安になり、隣のククールに尋ねてみる。
「あの2人何かあったの? こないだまでバカップルやってたじゃない。
・・・それとも、私のせい?」
「まさか。あれだよ、の過保護っぷりにがついにブチ切れたってやつ。」
「そうよ、ゼシカのせいじゃないの。」
ククールの言葉に同調するようにも言い募る。
今も昔も代わらず接してくれる仲間達のぬくもりにゼシカが涙ぐんだ時だった。
窓から外をなんとなく眺めていたヤンガスが大声で叫んだ。
「チェルスが! 犬に!!」
レオパルドめがけてヤンガスが窓を開け放ち斧を投げつける。
しかしレオパルドは彼の攻撃を易々とかわすと、空高く舞い上がりはるか北へと遠ざかって行った。
達は勢い良く立ち上がるとすぐさま外へと飛び出した。
彼らの目の前には、既にこの世のものではなくなっているチェルスが血の海の中に横たわっていた。
「なにっ・・・。・・・チェルス・・・、わしは守れなんだ・・・。
守るべき者を、守れなかった・・・・・・!!」
ざわめき始める町の中で、ハワードの悲痛な叫びが響き渡った。
「・・・これからどこに行くの?」
「ここから少し歩いて雪の中を進んだらオークニスって町があるんだって。
とりあえずそこに行ってレオパルドの情報集めよう。」
チェルスの死から数日後、達は雪原地帯へ向けて黙々と歩いていた。
また1人、杖による犠牲者が増えてしまった。
杖の前には自分達は結局のところ無力なのか。
そう思ってしまっても仕方のない事態に何度も遭遇してきた。
ゼシカは深くため息をついた。
「やっぱり私がいけなかったんだわ・・・。」
彼女の言葉を聞きは立ち止まった。
右手を握り締め、彼女の方を振り返って言った。
「違うよ。ゼシカは悪くないもの。悪いのは杖の中に棲んでるラプソーンだよ。
善良な人の心の弱い部分に巣食うなんて、本当に許せない。」
そう言いながらもの顔はどんどん険しいものになっていく。
普段とは比べ物にならないくらいラプソーンを憎みきっているかのような彼女の口調に、ゼシカだけでなく達も思わず足を止めてしまう。
「・・・? 大丈夫、の方が調子悪そう。」
「え? ううん、平気よ。ちょっと寒いだけ。」
トンネルを歩いている彼らに容赦なく吹きつける冷気。
今まで感じたことのないような足元からくる寒気に襲われる。
言われてみれば、さっきからなんか腕の辺りがぞわぞわする。
「そういえば寒いでがすなぁ。こりゃ向こうは吹雪でがすか。」
「吹雪ぃ? 勘弁してくれよ、俺ら雪国初めてだってのに。」
「そんなこと言ったって仕方ないよ。・・・うわぁ、みんな寒くない?」
一足先にトンネルから飛び出したが途方に暮れたような声を上げた。
彼に続いてやって来たヤンガス達も、目の前に広がる真っ白な、いや、何も見えない状態に唖然とした。
ここをどう進めばオークニスに着くというのだ。
右も左も、3歩先に何があるかもわからないこの猛吹雪の中、果たして凍死せずに済むのか。
そもそも立っているだけで寒いというのに。
「ちょっとじゃないね、この寒さ・・・。・・・どうする?」
「いや、進むしかないだろ。みんなで固まって歩けばはぐれないだろうし。」
「何をぶつくさ言っておるのじゃ。わしゃ行くぞ。」
いかにも皮下脂肪のありそうな化け物姿のトロデ王と、明らかに雪を見てはしゃいでいる馬のミーティア姫は、ろくに見えない中をずんずん進んでいく。
その後を慌てて追うと、彼の名を呼びながら追いかけるヤンガス。
2人と1匹と1頭を見失っては困ると、ククールも寒そうにしているゼシカを引っ張っていく。
「、行こっ。」
ククールに引きずられているゼシカがに手を伸ばす。
ほっとして彼女の手を取ろうとするが、なぜだか体がその場から動かない。
後ろから服を引かれている気がして恐る恐る振り返る。
葉の落ちた木の枝の1本が、彼女のスカートに引っかかっているのだ。
しかも悪いことはこれだけではない。
ごごごごごごごと、今度は上からなにやら重たい音がする。
ククールの焦った声がゼシカとの耳に飛び込んできた。
「やべっ、雪崩だぞっ!!」
「「は!?」」
ククールがゼシカの体を横抱きにした。
ゼシカは渾身の力を込めても連れてくるように彼女の手を引っ張る。
も巻き込まれたくはないので、呪文でもう枝ごと焼いちゃおうと自棄になる。
が、妙な圧迫感を感じいまいち調子が上がらない。
「、早くっ!!」
「何やってるんがすか、2人共!!」
いつまでもその場に留まり続けるククールの腕を、達の元から戻って来たヤンガスが力任せに引っ張った。
彼はおそらくゼシカの手の先にはがくっついていると思ったのだろう。
しかし生憎、彼女の手には誰もくっついていなかった。
「待って、がまだ・・・・・・・っ!!」
「え、嘘、みんな!?」
ものすごい勢いで消えていくゼシカの細い腕とククールの赤い服。
雪崩を報せる音はすぐそこまで来ていた。
より勢いを増した雪崩は、の体をあっさりと飲み込んでいった。
「と雪崩に巻き込まれた時にはぐれた!?」
結果的に誰も雪崩という自然の脅威から逃れることができなかったのだが、
それでもを除いた全員は幸いにも近所の家の老女とその犬によって雪の中から発見され介抱されていた。
数日間熱を出したりして寝込んでいたが、は起き出してきての不在を初めて知ったのだった。
「のスカートに何かが引っかかってて、私とで一生懸命引っ張ったりしたの。
でも・・・・・・・。」
「あっしが悪いんでがす。もてっきりくっついてるもんと思ったから・・・・。」
しょんぼりとして謝るヤンガスとゼシカを慰めつつ、は悔しげに唇を噛みしめていた。
慣れない雪の中に1人でいて、しかも1人だけ違う所で雪崩に遭い、今は行方不明だという。
のいた辺りをククールが探しに行ったが、そこには彼女の姿はなかった。
では彼女はいったいどこに消えてしまったのだろうか。
「おや、もう1人いたのかい? でも見なかったねぇ。」
「ですよね・・・・。」
「もしかしたら他の人が助けてるかもしれないからね。
ちょっと行った先にある町もあたってごらん。」
メディと名乗った老女はそう言うと、に小さめの袋を手渡した。
中身は薬草らしい。
「もしも途中でその子に会ったらこれを煎じて飲ませるといいよ。
体も心も温かくなるからね。」
の欠けた達の旅が始まった。
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