雪の日の疑惑



 思わず耳を塞ぎたくなるような轟音を響かせて迫ってきた雪崩に、は人生の終焉を感じていた。
もう駄目だ、死ぬのかな、死んじゃうよね、と自問自答していると、今までの思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
初めて達と出会った時、モグラに拉致された時、イシュマウリの訳のわからない言葉、サザンビークのバカ王子、
ドルマゲス戦とこの間のゼシカの変貌・・・。
すうっと頭の中が透明になった気がした。
誰かが、広大な蒼い空を舞っていた。
背中には白い翼。
は、その人物を見たことがある気がした。
いや、あれはもしかして――――――――――――――――。





目の前を覆ったのが雪なのか、それとも別の何かなのか、にはわからなかった。
ただ、再び彼女の意識ははっきりした時、彼女はベッドの中にいた。


























 太陽の光に照らされて輝く雪道を進んで行った先に、オークニスはあった。
降り積もった雪の中をはしゃぐ子どもたちよろしく、達も探しに町中を駆け巡る。
人家を一軒ずつ訪ね、こういう少女はいなかったかと聞き込みまくる。
が、彼らの求めているような子を見たと言う者はおらず、達は絶望的な気持ちになった。







どこにもいないね・・・。」


「でもほら、雪崩に遭う直前にルーラでどっか行ったとか!」



「・・・魔力もそんなに余ってなかっただろ?」






 ルーラ案を持ち出しただったが、魔力を増幅してくれる杖もない彼女が、あの状況で唱えられたとはまず考えられない。
こうなったらもう神にも祈る勢いで教会に行くと、そこにはなにやら熱心に祈りを捧げている青年がいた。








「あの子を雪の中で見つけた時、僕はなんて美しい人だろうと思いました。
 熱があったのでグラッドさんの家へ連れて行きました。
 あぁ、やっぱりあの子は美しい・・・。
 旅人でしょうか、真っ黒な髪に白い肌をした女の子・・・。」







 4人は顔を見合わせた。
黒い髪に白い肌、美しい少女で旅人とくれば、思い当たるのは1人しかいない。
しかもグラッドさんて言ったらメディばあさんの息子さんじゃないか。
でも彼の家には鍵がかかっていて入れないし・・・。
はつかつかと青年の下に歩み寄った。
ヤンガス達は、彼が何をしでかすかと気が気でない。
大好きな大好きなのことになると見境なく人格破綻するのが、という愛すべき青年なのだ。







「ねぇ、その子ってどこに倒れてたの?」


「え? ・・・町の入り口辺りに。
 体中に雪がついてたからそれを払ってからグラッドさんの元に行ったけど・・・。」


に触ったの? 触ったんだね。」


さんって言うのか・・・。可愛かったな・・・。
 やっぱり様子を見てこよう。」







いそいそと立ち上がった青年は、に向かってぺこりと頭を下げるとグラッドの家へと駆け出した。
達も早速ミーティングに入る。







いたんだ。ちょっとほっとした。」



「あっしの調べによるとグラッドさんは薬草の採れる洞窟へと行ったそうでがす。」


はこのまま寝かせておいた方がいいと思うわ。
 鍵かかってちゃあの人も外から見るだけでしょ。」






それより気になるのはグラッドさんの方、とゼシカは付け加えた。





「グラッドさんに何かあったらも助からないかも。」







この一言が決定打となり、彼らは薬草の採れる洞窟へと急ぐことになった。






























 はぼんやりとしたままベッドから起き上がった。
枕元にこれを飲むように、と書かれた薬が置いてある。
飲んでみると、身体が暖かくなった。
いや、むしろ熱すぎる。






「ここどこ・・・。」









 周りには達がいない。
そうだ、自分ははぐれて雪崩に巻き込まれたのだ。
でもどうしてここに・・・。
ここに来るまでの空白の時間を思い出そうとすると頭が割れるように痛くなった。
それはまるで、思い出してはいけない記憶のように、深く暗い闇の中にあった。
何かがあったのだ。
しかし、その『何か』が思い出せない。
は窓からそっと外を覗いた。
真っ白な雪が家々の屋根に積もっている。
どうやら町のようだ。
今置かれている状況から推測して、自分は親切な人に介抱されていたという結論にたどり着いた。
だから達が傍にいるはずがないのだ。









「みんなはどこだろう・・・。・・・寂しい。」









 はきゅっと胸の辺りの服を握り締めた。
独りぼっちでいることなど、思えば1度もなかったのだ。
あったとしても、彼らの居場所ははっきりとわかっていたのだ。
ひどく不安になる。
悪いことばかり思い浮かんでは、悪夢を振り払うかのように頭をぶんぶんと横に振る。







「みんなを探さなくちゃ。」






はばっと立ち上がった。
身の回りの持ち物を確認する。
なくなっているものはない。
杖が相変わらずないのでいささか不安だが、ないものねだりをしても無駄である。
それに武器なら扇がある。
自分だって戦えるのだ、たぶん。




勢い良くドアを開けた。
誰かにぶつかったらしく、ドアの反対側から若い男の叫び声が聞こえた。







「す、すみません。えと、怪我はないですか?」



「いえ、平気です・・・。
 えっ!? どこかに出かけるんですか!?
 倒れてたのにっ!?」






真っ青な顔になって行く手を阻む青年を、は事情を知る者だと認識した。
今は少しでも状況を正確に把握しておきたい。
彼のもたらす情報に間違いはないはずだ。







「この町に、4人組の旅人さんが訪れませんでしたか?
 私、彼らの仲間なんですけどはぐれちゃって。」


「いたけど・・・、あなたの名前は?」



です。どこにいるんですか、今すぐ教えて。」






はぐぐっと青年に詰め寄った。
急がなければならないと、の直感が告げていた。
こんな所で余計な時間を使うのは下策なのだ。
ここは、狂犬の匂いがきつすぎる。







「やっぱり・・・。
 ・・・たぶん、薬草の採れる洞窟に行ったんだと思います。
 でも最近あそこは魔物も強くなっているらしくて、1人で行くのは危険ですよ。」








はもう青年の話を聞いていなかった。
彼の脇をすり抜け、町の外に向かって駆け出した。
足が速くなりたかった。
翼が欲しかった。


























 達はほうぼうの体でグラッドを収容して、洞窟を出てきた。
あの洞窟はいったい何なんだ。
天井から氷柱は降ってくるし、床は氷張りでツルツル滑るし、おかげであちこちかすり傷や打ち身だらけだ。
いちいち治療していては魔力がいくらあっても足りない。
幸いなのは、の命の綱ともいうべきグラッドを無事に助け出したことぐらいだ。
自分達が来ていなければ、彼は凍死していた。










「若いのに皆さんお強いですなぁ。
 いや、本当に助かった。
 おかげで君達の仲間のお嬢さんも全快しそうだ。」



「それは良かった。」







 ほのぼのと言うグラッドには疲れた表情で笑い返した。
正直、何事もなく外に出られたことが奇跡のようだった。
後はルーラでオークニスに帰ろう。
が待っているのだ。
はルーラを唱える体勢をとった。
その途端、身体に鋭い緊張が走った。
囲まれていた。
数は多く、そして手強かった。
の横でククールが舌打ちする。








「こんな時にありがたくないお出迎えか。
 これはやばいかも。」



「やばくても苦しくてもやらなきゃこっちがやられるわ。」






ゼシカがイライラとした声で呟いた。
魔力を集めようとしているが、その力もほとんど底が尽きているようだ。
非常にまずい。グラッドも守らなくてはならないし、こっちはもう疲れきっている。
果たして突破できるか、五分五分だろう。
ダースウルフェンの1頭がに襲いかかった。
剣で水平になぎ払う。
確かな手応えは感じたが、それでもなお飛びかかってくる。
真正面から切り伏せたところを、別のダースウルフェンがの背後を襲った。
の反応が一瞬遅れた。
その一瞬が命取りになる。




鋭い牙が、爪が背中に食い込む直前、背中がかあっと熱くなった。
痛みではない、燃えているのだ。
ヤンガスが、と声を上げた。
はゆっくりと振り返った。
期待と、不安がない交ぜになる。
彼女が再び姿を現してくれたのは嬉しい。
しかし、もう無茶はしてほしくないのだ。
すべてのものから彼女を護ると、決めたからである。




白い雪によく映える黒い髪を靡かせ、は立っていた。
手には武器がない。
は足元を見た。
焼き焦げた犬に、扇が刺さっている。
メラゾーマを扇に乗せて飛ばしたのだろう、殺傷力も倍増しているようだ。
杖がないとは思えない圧倒的な魔力だった。










 「私が、まとめて相手をする。」



!! 無茶をしないでやめるんだ!!」







 の叫び声はダースウルフェン達のうなり声にかき消された。
は、達に向かってにこりと淡く微笑んだ。
耳をつんぐさくような爆音が、辺り一面に轟いた。



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