虚ろなる墓



 の前に現れたチェルスは、彼女を見てにこりと笑った。
別段美しいという訳ではないが、心が暖かくなる笑みに、も頬を緩めた。





『ここは人が多く通るから、場所を変えませんか?』




チェルスはそう言うと、の前を歩き出した。
迷うことなく進むその足は、やがて谷の外れの野原で停まった。
ほんの少し先に、淡い色の花が咲き乱れている地点がある。
チェルスはそれを見つめて、寂しげにに目を遣ると、草原に腰を下ろした。





「きれいな所ですね。」


『僕、ここに住んでたときからここが好きだったんです。
 風が気持ちいいでしょう?』


「はい。なんだか、懐かしい気分にもなります。
 ・・・初めて来た場所なのに。」





 はそよそよと吹く風を胸いっぱいに吸い込んだ。
瑞々しい草の薫りも一緒に入ってきて、なんとも心地良い。





『僕の祖先はクーパスというそうです。
 人間と魔物の調和を図った偉大な人だったとか。』


「この町では有名な話ですよね。」


『はい。でも、僕はご先祖様とかあんまり考えたことがなくて。
 死んでから事実に気付いてしまいました。』





 チェルスの言葉に、は苦笑した。
ハワードの下でいつもぐずぐずと働いていた、平凡な青年というぐらいの印象しかなかった。
どこをどう見ても、大呪術師クーパスの子孫だとは思えない。
















『・・・さんは、ここが好きですか?』


「はい、とても落ち着きます。」










 それは良かった、とチェルスは呟いた。
そして立ち上がって、花が多く咲いている所の前まで歩く。
も彼に続いて向かうと、そこは墓のようだった。
墓石が花で隠れて見えなくなっていたのだ。
文字もほとんど見えなくなっている。





「どなたのお墓ですか?」


『昔、ご先祖様たちがラプソーンと戦った時代の人のです。』


「ずいぶんと古いんですね。」




『・・・僕がここでさんと会ったってことは、やっぱり言っておくべきことなんだと思うんです。』







 チェルスはまっすぐにを見つめた。
目を逸らすことができなかった。
聞くのが怖いという気もする。
けれども、聞きたいという願望の方が強かった。







『このお墓の下には、誰も眠っていないんです。
 なぜならその人は、死んではいないから。』


「じゃあどうして、お墓を作ったんですか?」



『死んだんじゃなくて、眠ってたんです。
 けれど、その眠りから覚めても彼女はそれ以前を思い出すことは決してないんです。
 だから、過去の彼女に別れを告げるという意味で、作られたお墓だそうです。』



「その人は、今どこに?」



『さぁ・・・。ただ、今もこの世界にいるのなら、多くの人々に愛されていると思いますよ。』








 はじっと墓を見つめた。
彼女はなぜ眠りについたのだろう。
目覚めた後、どこへ行ったのだろう。
そもそも、こんな美しい所に墓があるなんて、知っているのだろうか。
まだまだ聞きたいことがあって、隣のチェルスを顧みた。
しかし、そこにはもう彼の姿はない。
伝えるべき役目を終えて、天国へ帰ったのだろう。






「この話、たちには・・・・・・、言えないや。」






 そういえば、彼らを待たせたままだった。
は大急ぎでたちの元へと駆けて行った。



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