迷える少女 3







 その夜、は妙な胸騒ぎがしていた。
マルチェロと決別したからではない。
もっと別の何か、大切な物が奪われてしまうような、そんな感じがした。
外が異様なまでに明るくなった。こんな夜更けになぜだろうか。
不思議に思い、彼女は杖を手にし外に出た。
彼女の目に飛び込んできたのは、炎を吹き上げ燃え盛るマイエラ修道院だった。








「どうして!?」






 の顔から血の気が引いた。
つい昨日まではあんなに荘厳な雰囲気を漂わせていた修道院が、どうしてああも燃えているのか。
容易には信じがたい出来事だった。
修道院へ行かなくてはならない、彼女の本能はそう叫んでいた。
その時だった。
いきなり彼女の住まう小屋からドスッとした音が聞こえてきたのは。
続いて出て来たのは5人の人間と緑色の怪物。
格好からして彼らはどうやら旅人のようだった。






「誰っ!そこにいるのは!!」





 咄嗟に杖を構える。
しかし突然現れた彼らの答えを聞く前には再び修道院の方を向いていた。
正確に言えば、彼女の前に立ちはだかった魔物たちに向き直ったのだ。







「・・・すみません。今、皆さんとゆっくりお話している時間はないみたいなんです。私、修道院に行かなくちゃ行けないんです!」




 前を向いたまま言った。
彼らの中の1人が何か言いかけたようだったが、それは意識を集中し始めた彼女の耳に届くことはなかった。
はマグマの杖を魔物の群れの前に突き出した。
杖の先端部分から炎に包まれた岩石の塊が飛び出し、魔物たちに直撃する。
しかしそれでもなお魔物たちは立っている。
は間髪入れることなく、今度は呪文の詠唱を始めた。
否、しようとしたのだが、今までずっと彼女の戦闘を眺めていた旅人のうちの1人が飛び出して剣で魔物を倒した。
彼はの方へ向き直り、真っ直ぐと彼女の顔を見つめ言った。





「僕たちも今から修道院に行かなくちゃいけないんだ。君も行くんなら、僕たちと一緒に来てくれないかな」


「でも、私は・・・!」


「きっと、修道院を燃やしたのはドルマゲスの仕業なんだ。このままではオディロ院長の命が危ない。
 本当に君が言うように時間がないんだ。頼む、できれば一緒に来てくれるかな」





 ここまで頼み込まれると彼女にも断りようがない。
確かに時間がないのだ。
は腹を決めて彼らと一緒に修道院へ赴くことにした。







 修道院の中でも、オディロ院長の住まう館――。
そこには旅人たちが言っていたように、道化師の格好をして禍々しい杖を持ったドルマゲスがいた。
そして彼の目の前には院長と、壁に叩きつけられたマルチェロの姿があった。






「兄貴!!」
「マルチェロさんっ!!」





 銀髪の青年との声が重なった。
お互いの言葉に驚き、顔を見合わせる。
当のマルチェロといえば、苦痛で顔を歪めている。
それでも、の姿を確認した時、彼の顔には驚きの表情が浮かび上がった。






・・・!? なぜお前がここに・・・。お前とはもう・・・っ!!」


「マルチェロさん、これ以上お話にならないで下さい。あの道化師、ドルマゲスが強いってことはすぐにわかりました。
 そんなに酷い怪我をして・・・」





 すかさずマルチェロの傍へ駆け寄ったは、彼を背に道化師へとマルチェロを庇うように向き直った。
単身敵の前に身を晒した少女を見て、旅人たちは驚いていた。
なぜ、人はあんなにも強くなれるのか。
敵は強いというのに、あれほどまでの強い意思を秘めた瞳をしているのはなぜか。
答えは出てこなかった。
ただひとつわかった事は、この少女はマルチェロという人のことを心から心配しているのだということだった。
一方、そんな健気な彼女の姿が気に障ったのだろうか。
道化師は彼女に向かってにやりと笑うと、杖を彼女に向けた。
当然、その杖からは恐ろしい光線が飛び出した。
しかしは避けようともしなかった。
ずっと立っていただけである。
禍々しい光線が彼女に突き刺さろうとした時、ほんの一瞬彼女の身体が光ったように見えた。
それは本当に一瞬の出来事だったが次の瞬間、彼女は何ひとつ怪我をすることもなく、先程と全く同じように道化師を見据えていた。
道化師の顔に驚きの表情が現れたのは言うまでもない。
今まで彼の放った光線で命を永らえた者はかつて1人もいなかったのだから。



 の行動に希望を見出したのだろうか。
突然背後から緑色の怪物がドルマゲスに向かって走っていった。
続いて飛び出してきたのは、先の戦闘で魔物に止めを刺した少年。
彼らの目の前すぐには憎きドルマゲスの姿があった。
ドルマゲスは再び、しかし今度は明らかに殺意の籠もった瞳でもって光線を放った。
緑色の怪物は死ななかった。
少年も死ななかった。
代わりに死んでいたのは、オディロ院長だった。
その場にいた全員が立ち竦んだ。
少年も、怪物も、銀髪の青年も、マルチェロも、も。
彼らの耳と目に残ったのは、ドルマゲスの高笑いと満月だった。







back  next

DQⅧドリームに戻る