猫の日 2
は瞳の主を見つめた。
誰が拾ってくれたのかすぐにわかった。
「にゃ・・・」(マルチェロさんだ・・・・・・)
「・・・なぜが・・・?」
こちらとしては、なぜマルチェロがの家に来ているのかと問いたいところである。
呼んでも来ようとしない彼が来るなんて、まさかを叱りに来たのだろうか。
それは避けなきゃと思ったが、今の姿ではどうにもならないと気付きがくりとうなだれる。
すると急に力を失くした猫に驚いたのか、マルチェロはぴんと額を弾いた。
ほっといてくださいどうせ私は今は猫ですよと不貞腐れて言うと、マルチェロは不思議そうな顔をした。
しばらく猫をじっと見つめたかと思うと、そっと下へ降ろしここで待っていろと告げられる。
「ニャア・・・・・・?」(どうして・・・?)
「・・・私はここの家の主に用がある。それにお前をこのような目に遭わせた娘にも話がある」
「ニ・・・、ニャニャニャ!」(あれは私じゃないの、中身は猫なんです!)
「わかったから鳴くな。私とて信じたくはないのだ。・・・が猫をいたぶるなど、天地がひっくり返ってもありえん!」
マルチェロの言葉には思わずきゅんとなった。
さすがは元呪文の師匠だ。
きちんと自分を見てくれている。
もしかしたら彼ならば、が猫になってしまっているという珍事にも気付いてくれるかもしれない。
はマルチェロに大きな期待を寄せた。
マルチェロがどんどんと家のドアを叩く。
少しして寝ぼけ眼のが出てきた。
思いもしなかった来客に少なからず驚き、うっとおしがっているように見える。
「おはようございますマルチェロさん。何か用ですか?」
「用がなければ呼ばれても行かん、こんな所」
呼んでも来ないですけどねとぼそりと呟いたを、マルチェロは鋭く睨みつけた。
あっという間に2人の間を取り巻く空気が冷え切る。
マルチェロは早く退散したいとばかりに早口でまくし立てた。
「サザンビークに行かんとはどういうことだ。仕事に私情を挟むな、兵ならば黙って王命に従え」
「僕が行ってあの王子が更生するんなら行きますよ。でももう無理ですよあの国。クラウビス王の御世で崩壊ですって」
なんだかものすごく酷いこと言ってる気がする。
家に仕事の話を持ち込まない彼だから、サザンビークに出張するという話も今日猫の姿で初めて聞いた。
チャゴス王子がどうしようもない凡庸な王子だとは火を見るよりも明らかなことだが、いくら事実であってもそれを口に出すのはいけないのではないか。
にとってサザンビークは決して他人の国ではないのだ。
彼だってれっきとした公子であり、おそらくは王位継承第二位ぐらいにはあるのだ。
チャゴスに希望も未来も愛想も尽かしたクラウビス王がに王位を譲る、なんてこともない話でははない。
もちろんは断るに決まっているだろうが、やはり身内の悪口はいけない。
は家の陰に隠れながら、密かにをたしなめると決めた。
「大体今更どの面下げて向こうの王に会えばいいんですか。
マルチェロさんは知らないだろうけど、僕たち姫様とチャゴス王子の結婚式ぶち壊したんですよ、後先顧みず。
それに僕が向こうに行ったらが寂しがります」
「姫君がいるだろう! あの姫に任せておけば問題ない!
・・・ところでそのはどこだ。少し話がしたい」
突然話題を変えてきたマルチェロには訝しげな表情を浮かべた。
嫌だと言えば土足で家を踏み荒らされそうな気がする。
は渋々の名を呼んだ。
はーいと元気な声が2階からする。
はこっそりとマルチェロの足元へ向かった。
たちからは見えないようにする。
の前ではないだろうが、また殺されかけたらトラウマになりそうだからだ。
「、マルチェロさんが話をしたいって」
「ふーん・・・。で、何?」
のぞんざいな口調にマルチェロの眉がぴくりと上がった。
やったとは心の中でガッツポーズをした。
私はあんな口の利き方しないもん。
『で、何?』とか、マルチェロさんに言えるわけがない。
はを見つめた。
これほど言葉遣いが違えば気付いてくれるはずだ。
しかし、の期待は見事に裏切られた。
してやったりといった顔ではにやりと笑っていたのだ。
どうしてわかんないの!?とは思わず声を上げそうになった。
「・・・先程、猫を地面に投げなかったか?」
「猫? マルチェロさん、がそんな動物虐待するわけないでしょ」
「に聞いている。どうなのだ?」
「あぁ・・・、投げたかも」
「!? 嘘でしょ!?」
がーんとショックを受けているに、の姿をした猫はだってと言ってしなだれかかった。
「だってあの猫、昨日私たちのペットを食べようとした奴だったのよ? それで私怖くなってつい・・・・・・」
「トーポを・・・? そっか、だからなのか・・・。でも、投げるのは良くないよ」
「はーい♪」
「ニャーーー・・・。ニャニャニャニニャーーーー!!」(そ、そんな・・・、の馬鹿ーーーー!!)
は堪らず叫んだ。
マルチェロはちらりと足元を見て、何か合点がいったのか小さく頷いた。
そして猫の身体をふわりと抱き上げる。
「それはこの猫のことか、」
「うんその猫。ほんとに嫌になっちゃう」
「ではこの猫は私が責任持って預かろう。おい、それでいいな?」
マルチェロは猫をの前に突き出した。
は最後の頼みとばかりにににゃあと小さく鳴いた。
しかし悲しいかな、は優しく頭を撫でただけであっさりといいよと言った。
マルチェロが念押ししてでもである。
「そうか。・・・お前の目が節穴だということがよくわかった」
「え?」
きょとんとしているを残し、マルチェロは猫を抱いて自室へ戻っていったのだった。
柱の影からマルチェロとたちのやり取りを盗み聞きしていたトーポは愕然とした。
なんということをしでかしたのだわしの孫は。
よりによって中身が入れ替わった猫をこの家に留めるとは。
マルチェロに連れて行かれた猫こそまさに。
同じ動物であるトーポは、猫の必死の叫びを全て理解していた。
今すぐにでも飛び出して真相を暴きたかった。
しかし自分が出てきたら確実にあの猫はを倒しにかかる。
嫁の無事を第一に考えると、マルチェロに預けるのが一番だったのだ。
幸いなことにあの男は猫がだということに気付いているようだったし。
(・・・にしても、なぜわからぬのじゃ。所詮は見た目ということかのう・・・)
毎日毎日一緒にくっついていながら一体どこを見ているのだろうと、孫の節穴加減を嘆いたトーポだった。
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